Sooda!
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///神武天皇が東征の時に熊野から 大和に入る吉野の山中にて、道に迷われ、その際に天の神が道案内としてつかわした鳥・・・の名前を付けた「居酒屋」が我が駅の周辺にあります。 貴方の所には、ありますか??

質問者:増っ 参
質問日時:2011-08-05 21:44:58
カテゴリ:アンケート

ベスト回答
八咫烏でしょうか
その名前の居酒屋はないです
===補足===
八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話で、神武東征の際に、高皇産霊尊によって神武天皇の元に遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる烏である。一般的に三本足のカラスとして知られ古くよりその姿絵が伝わっている。
熊野三山において烏はミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)として信仰されており、日本神話に登場する八咫烏は単なる烏ではなく太陽の化身と考えられ、信仰に関連するものと考えられている。近世以前によく起請文として使われていた熊野の牛玉宝印(ごおうほういん)には烏が描かれている。
『新撰姓氏録』では、八咫烏は高皇産霊尊の曾孫である賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の化身であり、その後鴨県主(かものあがたぬし)の祖となったとする。奈良県宇陀市榛原区の八咫烏神社は賀茂建角身命を祭神としている。
咫(あた)は長さの単位で、親指と人差指を広げた長さ(約18センチメートル)のことであるが、ここでいう八咫は単に「大きい」という意味である。
戦国時代には、紀伊国の雑賀衆を治めた鈴木家の家紋・旗ともなっている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%92%AB%E7%83%8F

八咫烏神社
建角身命(八咫烏)を祀る。
建角身命は伝承によると、神武天皇が大和へ東遷する折、熊野の山中で停滞する一行を大和へと道案内し、皇軍の勝利に貢献した「八咫烏」の化身と伝えられている。
『続日本紀』に文武天皇の時代、慶雲2年(705年)に八咫烏社を祭るとの記述が見え、これが当社の創祀となっている。
このような御由緒から古来、軍神として崇敬され、南北朝時代には後醍醐天皇の篤い信仰により社は大いに栄えたと伝えられている。
しかし、南朝の衰退と度重なる戦禍に見舞われて以後、江戸時代中期まで廃絶寸前の状態となり、いつしか「やたがらす」が訛って「をとごろす」という俗称が伝えられたといわれる
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%92%AB%E7%83%8F%E7%A5%9E%E7%A4%BE

ヤタガラスあいす 溶けにく く体に良く
加賀市山代温泉の旅館「みどりの宿 万松閣」は、同温泉の開湯伝説に登場する「八咫烏(やたがらす)」にちなみ、黒いアイス「ヤタガラスあいす」を発売した。温泉水などを使った溶けにくいユニークなアイスで、三百五十円。
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/photo/CK2011080302000118.html

回答者:匿名
回答日時:2011-08-05 21:54:50

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↓↓その他の回答 1〜1件/1件中
八咫烏 やたがらすですか?残念ながらないですけど、行ってみた...詳細

回答者:プーさんのママ
回答日時:2011-08-11 19:13:29

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