Sooda!
 閲覧数:128
目立たない仕事を半世紀も勤め上げた、こういう素晴らしい方がいます。

私は感無量という気がします。閲覧者のかたはどんなご意見を持たれますか?


◆決断一瞬、最後の土俵−第35代木村庄之助さん
デイリー夕刊 2011-09-26
http://www.yukan-daily.co.jp/news.php?id=26862

延岡から大相撲へ−行司人生50年

延岡市舞野町出身で、大相撲の立行司第35代木村庄之助(本名・内田順一)さんは東京国技館で開かれた9月場所千秋楽の25日、半世紀にも及んだ行司人生の最後を飾る一番を裁いた。

庄之助さんは日本相撲協会を10月28日に定年退職となり、9月場所が行司として迎える最後の場所だった。

結びの一番は横綱白鵬と大関日馬富士。延岡など宮崎県内から駆け付けた120人の大応援団の見守る中、優勝の懸かる大一番を裁き、弓取り式の後は、館内から大きな歓声、拍手が湧き起こり、目頭を熱くしながら、土俵を去った。

同門の横綱白鵬は、花道で庄之助さんを待ち、大きな花束を手渡し、庄之助さんは感激した面持ちでこれを受け取った。

庄之助さんは、中学校を卒業した15歳の昭和37年3月に延岡駅から母親と一緒に開催中の大阪場所に向かい、同年5月場所で行司として初土俵を踏んだ。

その後、39歳の昭和59年1月場所で十両格行司、平成6年1月場所で幕内格行司、同18年3月場所で三役格に昇進、さらに、翌19年5月場所で木村城之介から、立行司第37代式守伊之助を襲名した。

同20年5月場所に最高位の第35代木村庄之助を襲名した。

延岡では後援会が、式守伊之助を襲名した19年5月、木村庄之助を襲名した20年5月にも祝賀会を開催、同年12月には襲名記念の延岡巡業を2日間も開催し、本県では初の木村庄之助襲名をたたえた。
みんなへのお礼
50年も縁の下の力持ちで頑張り続けて下さって、本当に頭が下がりますね。

質問者:姿三四郎
質問日時:2011-10-06 11:50:03
カテゴリ:ニュース・時事>社会

ベスト回答
本来の日本人の美徳は、このような地道に努力する人を本当に大事にしてきたものです。学校の教育もその線に沿っていました。

人間の能力、特技などは人によりかなりの差があります。それを一律教育や同じ土俵で競争ばかりさせてどうなりますか。人の足を引っ張ったり、自分だけよければそれで良いとおもうようになり、地道な努力をする人間は育ちません。

脱落した多くの人たちの中には、多分気力をなくして「非雇用社員」で無気力に生きている人がかなりの比率で存在しているのではないでしょうか。

欧米の真似をすることが決してよいことではなく、その人その人の良いところを引き出し、伸ばしてやる「教育改革」が今こそ本当に必要なではないでしょうか。もう待ったなしと思います。富の配分についても、努力した人に厚くなることを考えるべきです。世襲制など一番排除すべきと思います。

回答者:あまのじゃく
回答日時:2011-10-06 12:10:58

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↓↓その他の回答 1〜5件/12件中
行司さんでも式守伊之助より、木村庄之助の方が格が上だと聞いた...詳細

回答者:匿名希望
回答日時:2011-10-06 21:03:19

この回答の満足度 ★★★★★
この道一筋50年・・・・スゴイことですね感無量です詳細

回答者:匿名希望
回答日時:2011-10-06 20:33:39

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素晴らしいと思います。詳細

回答者:匿名
回答日時:2011-10-06 19:46:50

この回答の満足度 ★★★★★
宮崎から出て50年もやってこられたとはすごいですね。知らなか...詳細

回答者:匿名
回答日時:2011-10-06 19:24:48

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何と、15歳から50年ですか。本当に頭が下がりますね。私なん...詳細

回答者:とくみえ
回答日時:2011-10-06 14:42:07

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