Sooda!
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こんにちは。
若輩者の人生相談です。
人生相談ですので、自分の人生を振り返りながら書く部分もありますので、長文になりますが宜しければお付き合いください。
相談してどうしたいか、目的が自分の中でハッキリしていない部分もありますが、よろしくお願いいたします。

私は挫折を経験して以来、人生を楽しむことができずにどうせやってもダメだろうとやる前から否定するような考えの持ち主になってしまいました。それは何かに挑戦することに限らず、友人関係でも同様に、今話しかけたら迷惑になるんじゃないだろうかとか自分で距離を取り続けて行った結果、大学生活でも友人が1人だけになってしまいました。心を許せる友人が1人いれば良いとは思うのですが、私にとってそういう相手は誰一人居ませんでした。そのうち、ゲーセンで1人でこもるようになってゲームに没頭するようになりました。ゲームを通じた友達はできるようになって行きましたが、それは実力の近いもの同士の情報共有のコミュニティであって、ゲーム無しには続く関係ではありませんでした。そんな中、大学3年の時に留学の話があり、渡英しました。何かが変わるかもしれないとか、スキル的にも人生的にも期待がありました。それでも渡英後に実際講義に参加してみると、生の英語に驚いてばかりで上手く話すことも出来ずにYESマンをやっている自分に嫌気が差し、寮帰ったら引きこもりすぐにネトゲーをやるようになってしまいました。逃げてしまいました。ネトゲーの世界では、プレイヤースキルを買われて引き抜きなどたくさん頂いていましたので居心地が良かったんです。ゲーム内で相棒と呼べるようなプレイヤーも居て楽しかったです。気づいたらTOPクラスのプレイヤーになっていました。本当に居心地が良かった。でも、サーボス終了がいつかは来ます。終了してからまたぼっちになりました。

私が、渡英を決めたのもネトゲーを居心地良く感じたのも昔の挫折が原因だと思います。
私は親の勧めで中学受験をし、有名な大学への付属校に受かることが出来ました。
当時、大した努力もしなかったのに、受かってしまいました。私は元々は自身過剰な人間で、人がやらないようなとんでもないチャレンジをすることが大の好物で、その目的を果たす為や友達を作るためにむしろ積極的に話しかけ、共通の話題さえ見つければ強引に引き連れて行く方でした。挫折の経験もなく、運動神経も小学校低学年の頃から毎日自主トレでジョギングをしていたため、文武両道を地で行っていました。そのせいか、自分がなんでも出来るような錯覚をしてしまいました。全てに対して斜に構え、慢心し切る人間になって居ました。事実入学後も試験の結果は良好で、クラスでも高得点組だったと思います。周りを見下してもいました。負ける気がしない。絶対に負けない。そんな意地の塊でした。それは、自分が挫折を経験したことがない故の無知からくる錯覚でした。そんな風に舐め切っていたので友達に誘われてゲームセンターに通うようになってから勉強をしなくなりました。それ以降もテストの結果はしばらく下がらずに、勉強しなくても点数取れてんじゃんと益々舐めた姿勢へとなって行きました。朝も遅刻するようになり、遅刻大魔王という汚名を頂戴致しました。遅刻して途中入室の際に皆の視線が苦手でしたので、遅刻した授業の間は屋上読書をしていました。しかし、そんな状態は貯金で成り立っていたもので続くわけもなく、あっという間に最下位近くをうろつくようになりました。それでも、本気出せば出来るとまだ舐めていました。エスカレーターで受験せずとも高校に上がれましたし、問題ないと錯覚していました。ですが、そんなはずはなく成績はもう進学が危ういギリギリのラインまで来てしまいました。私はその当時も強気な性格だったので、友人には相談することは出来ませんでした。というよりは、強気な性格すぎて幼少期から親にも弱みを見せることを嫌っていました。そんな私が本当に切迫つまってしまい、焦って勉強を始めましたが中学から穴だらけの私の積み重ねのない状態では、解くための重要なピースが欠けている説明文自体虫食い問題に見えました。わけが分からなくなり、暗記をする方向にシフトしたのですが、結局詰め込みきれずに留年が確定してしまいました。プライドの高い私は友人たちに一言も告げづに進学でき単位の足りる別の通信制学校に移籍しました。そこでは逆に単位が卒業分まで転学した時点で足りている状態で、体育や登校日にも一切参加する必要がありませんでした。それから私の1年間の引きこもり生活が始まりました。外に出るのも恥ずかしく本当に外出はしませんでした。1年間で鍛えた足の筋肉もすべて落ちきり元の半分くらいの細さになってしまいました。履けていたジーンズも脱げてしまいます。大学も有名大学へのチケットを失い、プライドも自信も失い、友人も失い、自分の世界に閉じこもりました。その時に味わった挫折から今も立ち直り切れはせずにいます。
よくよく聞きますが、一度挫折を味わうと骨折から治った骨のように前より強くなれるというのは、立ち直る努力を続けられた人間だけの話だと思います。私は強くなれるどころか何事にも消極的になり、心の底から楽しむことが難しくなっています。よくポーカーフェースと言われますが、そういう原因もあると自己分析しています。現在、何を見ても泣くことも笑うこともむつかしくなってきています。こんな人生は苦痛でしかありません。変えたいと思います。ですが変えられません。現在大学唯一の友人から紹介して頂いた彼女と交際しています。何事も揉めないし、好みも合うので付き合いは続いています。しかし、それは自分が怒ることも文句を言うことも、悲しむことも表面に出せないからだと思います。本当の意味で向き合えていないと思うと、彼女にも申し訳なく思います。私は自分の負い目や自分自身を責めることは脳内で何度も繰り返してきました。夢の中にまで出てきて自責するほどです。嫌な事ばかり夢に見ます。最悪ばかりが頭をよぎります。こんな臆病な人間には魅力なんてないと思います。10年ほど挫折を引っ張った経験は自分を明らかに悪い方へと変えてしまいました。私は相談相手が欲しいのかもしれません。
現在就職もせずに、持家で何もしたいこともなく共働きの両親の代わりに家事をしています。
料理は好きです。研究し始めたら楽しく、プロのシェフのレシピを納得が行くまで繰り返し作ることで格式の高い料理店の味に近づけることができたと自負しています。
なんでもそうなんですが、元々は調子に乗りやすく、波に乗るとどこまでも極める性格で、ゲーム内でも皆の攻略本のような役割でほぼ全てのゲーム内のではありますが、知識を網羅していました。
ですが、あんなものはただのデータです。価値がないものです。私は本当に価値のあるものにその熱意を向けたいと思っています。ですが、家にいては見つかるはずもありません。仕事に限定したことではありませんが、留学経験から国民性の違う人種に触れることにより、世界には日本人が持ち合わせないような感性で生活している人間や、日本では見られないような光景や景色が幾つもあることを学びました。そんな人々や、景色をもっと見に行きたい。そんな国のまだ見ぬ飯を食べに行きたい。旅へ出たいとそう思います。単純にアルバイトでもすれば年に数回は行けることでしょう。しかし私は自分の中で燻っている根本的な挫折経験を未だに受け容れられずにいます。許せないのでしょう。どんどん自分が悪い方へと沈んで行く感覚を一年中感じています。ただひたすらに生きにくい。そんな状態では前に進むことができません。挫折の経験により、行動するということは失敗が伴うことだと、リスクを背負うことだと学びました。ならリスクを背負わなければ失敗もしない。そんな楽な方へと流れていく思考がスパイラルしているのでしょう。変わりたいという気持ちと、2度と失敗したくないという相反する気持ちが、変われないし失敗もするという事態を招いているのでしょう。変わりたいと、周りに左右されない力を身につけるために資格を取ろうとしたりしたこともあります。
でも気づいたら中途半端で自分から挑戦することを辞めてしまうんです。
挑戦することには、ポジティブな気持ちが必須だと思います。それが欠けている。それが欲しい。
努力が足りないのでしょう。でも、努力することを恐れてしまっています。
進退極まっています。情けないですが、行動することが私は怖いんです。
この文章を書く前は分かりませんでしたが、周りに弱みを見せられない私は相談相手が欲しかった。
それが目的だったと思います。ただ見て頂いただけでもありがたい。そんな気持ちかもしれません。
こんな事を相談できる友人も居ないのは我ながら淋しい事だなとしみじみ思います(苦笑)

追記:強気だから弱みを見せるのは恥ずかしいという気持ちもありましたが、親しい人間との関係が弱みを見せることによって崩れることを心の底では恐れていたのかもしれません。脆い砂のような虚勢でした。

質問者:ありがとう。
質問日時:2014-06-25 22:13:03
カテゴリ:恋愛・人間関係の悩み>友人・知人


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強気な人ほど、孤独感には弱いとよく聞きます。ある程度の自己分...詳細

回答者:浜
回答日時:2014-06-28 03:57:17

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