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因果応報?

  • 15-05-12 08:07
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6.7  Galatians cc
a photo by shar4j

第2章-13 因果応報?

ある日(2012年2月5日日曜日)は13:00から歌の練習をするということで、指定された(鶴屋前の)手取教会へ行ってきた。その国際ミサでデニー神父が語った言葉が心の琴線に触れた。墨と筆で「因果応報」おそらく自分で書いたのだろう。横長の大きな和紙を取り出し、ダニー神父はhomilyを始めた。

彼(インドネシア出身)の説教を日本語で聞いたのは初めてだったが、いつも(英語)より上手に話していて驚いた。「因果応報」と聞いて、頭に浮かぶフレーズは

"you reap what you sow"
(あなたは自分が蒔いた種を刈り取る)

出典は聖書。

Do not be deceived: God cannot be mocked. A man reaps what he sows.
(思い違いをしてはいけません。神は、人から侮られることはありません。人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです。 )

 Galatians 6:7(ガラテヤの信徒への手紙 6章7節)

この考え方はあらゆる教えに浸透している。間違いではない。ただ、多くの人々が、その考え方に縛られている、とダニー神父は語った。

聖書の中に『ヨブ記』(The Book of Job)という書がある。完璧な人、ヨブ、があらゆる試練に遭うお話だ。彼の友達は「何か悪いことをしたから、災難が続いているのだ」と因果応報を説く。

ヨブは「そんなこと(因果応報)は言われなくてもわかってる」
「ただ、今回は何も悪いことしてないんだ。だから神様に聞きたい。何故?」

従って、この書は、しばしば、臨床的に応用される。罪もない子供たちが何故?何故わたしがこんな目に?など、理解に苦しむ(突然の)不幸に、因果応報以外の答えを提示する。

ヨブ記第1章に出てくるが、まったくその通りで、
ヨブが悪いことをしたから災難がふりかかっているのではなかった。
実はその逆で、完璧な人だから、そういう試練がふりかかってきていた。

ここで、また因果応報の思想に染まった考え方は
「完璧な人」を perfectionist と取り、「完全主義がいけない」などと誤解する。

しかし、ヨブはそうではない。自分が完璧でないことを十分知っていて、
できることを精一杯やっていた人。神様自身がそう言っている。

Then the Lord said to Satan, “Have you considered my servant Job?
There is no one on earth like him; he is blameless.
(神はサタンに言った。「私のしもべ、ヨブを見たか?
地上に彼のような者は他にいない。非の打ち所がない。)

Job 1:8

結論から先に言うと、突如として降りかかる試練は、必ずしも因果応報だからではない。
そこには天地を越えた(人間よりはるかに高い)考えを持つ存在の介入がある。

蟻は人間の複雑な思考を理解できない。人間でさえ同じ人間の思考を理解できないときがある。

人間が神という存在を理解することは不可能、あるいは奇跡の業なのだ。そういう場合、faith(信じること)しかない〔この faith というものは奥が深く、そのことを話していたら時間が足りなくなるのでここでは割愛〕。

「わたしたち(の人間性)を更に磨くため」とか考えるのもある人には慰めになるかもしれないが、上に挙げたように、臨床的にはそんなこと言ってられない状況もある。

大切な人を突然亡くした人にそんなこと言ったら悲しみは倍増する。いや、何を言っても無駄、というときがある。

ヨブは「頼むから黙っててくれ」とおしゃべりな友達に言ったが、そのとおり、そういう状況下では、しばしば、因果応報説や人格向上説など無意味。ただ、黙って、そこにいる、のが良い。

p.s.

ちょっと皮肉を込めて言う "poetic justice" や「自業自得」というニュアンスがある "have it coming" (He had it coming. とか)もある。

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