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なぜ 自ら命を絶つのか【ジサツのメカニズム・心理】

  • 09-09-23 17:55
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  • コメント:2
日本は先進国の中で、ジサツ(漢字だと未成年に不適切だとハジかれたためカタカナです。読みにくくてすいません)率、ジサツ数共にダントツで世界一です。
50人に1人は、いつかジサツで死ぬ計算です。

2008年は36人に1人の割合でジサツしています。
男性は女性の2倍以上の数ジサツしています。

これから不景気になり、もっともっとジサツは増えるでしょう。
なのにジサツに至る心のメカニズムを全く知らない人が多い。

例えば自傷する人に対して、

「かまってもらいたいだけだよ」
「死ぬ死ぬ言ってる奴は死なない」

ジサツする人に対して、

「ジサツする勇気があるなら、死に物狂いで生きればいいのに」
「死にたい奴は死んだらいい」

等という意見を未だによく聞きます。
皆さんもそう思ったことや、聞いたことがあるんじゃないでしょうか?

しかし、これは的外れな言葉なんです。
人の心のメカニズムは、そうは動かない。

あまりに世間がジサツについて何も知らない。
これは恐ろしいことです。
知っていれば、予防だってできるのですから。

ジサツ大国日本。
今回は負の心のメカニズム「死の引力」、「エサ化」を説明します。
これを知れば、誰かを助けられるかもしれません。
もちろん、自分自身も。,なぜ自傷やジサツをするのか。
その心のメカニズム。
それは「エサ化」という自然の性質にあります。

人間も動物も、絶体絶命の時、「エサ化」が起こります。
車に轢かれそうな時は体が固まるし、死にそうな時は感覚が無くなります。
そうやって死の苦痛を和らげると共に、自分をエサとして提供するようになるのです。

人間も動物も、ストレスばかり受けると、普段からこの「エサ化」が起こります。
自律神経は麻痺していき、感覚は鈍り、気力も無くなっていきます。
気力がなくなると、動物は(人間もですよ)ネガティブな感情に支配されるのです。

気力が無くなると、ネガティブに支配されるのはなぜか?
意識の世界を空間的に説明します。

私たちは意識の世界で浮いていると想像して下さい。
下は死の世界です。
死には引力があり、地面に落ちると死んでしまいます。
そこで飛ぶために必要なのが「気力」です。
上空には太陽が光っています。太陽の光は「希望」です。
希望へ向かって上へ昇るほど、人は気力に溢れ、幸福が得られるようになっています。

これが人の心の仕組みなのです。(←これがなぜかというのはまた別のお話で)
つまり、意識レベルが低くなるということは、「死に近づいている」ということになります。

ストレスを受け続けると、慢性的に意識レベルは下がります。
ストレスを回避するために、感覚を閉じていくからです。
ストレスが増す程に、どんどん感覚は無くなってしまいます。
(このストレス回避策がエサ化に繋がっているのが恐ろしい所です。)
やがて体の感覚や、心すら無くなっていきます。
さらに、生きているという感覚さえなくなってしまうのです。

そうなるとやってしまうのが自傷です。
自傷はかまってほしいからやるのではありません。
中にはそういう人もいますが、それは二次的なことで、最大の目的は別にあります。

自傷とは、「自分が生きていることの確認」なのです。

傷をつけた痛み、流れる血と暖かさ、脈打つ鼓動、必死に傷を治そうとする体の仕組みを見て、ようやく自分が生きているという実感を得られるのです。
そこにしか実感が無いのです。

自傷は「生きたい!」、という心の声の表れです。
死が近づき、生きる本能とせめぎあっている状態で、まだ生きたいという想いが強い時にする行動です。
ても、これはジサツの一歩手前で、ある時スッとこの一線を越えてしまうのです。

一線を越えるとほとんど動けなくなり、「死にたい」願望が強くなってきます。
この時の思考は、意外にも「ごめんなさい」という思考の人が多い様です。
こうなるまでに周りにも沢山迷惑をかけているし、励ましてくれているみんなに申し訳ない、期待には応えられない、「ごめんなさい」という気持ちでいっぱいなのです。

死の引力は近付く程に強くなります。
これからも迷惑をかけてしまうことが耐えられない。
そう考えて、生きていることが申し訳ない、辛い、といたたまれなくなって死んでしまう人が多いのです。

勇気なんかじゃないんです。
追い詰められて、何かに背中を押されて死ぬんです。
本当は生きたい。
でも、感覚が無くて、実感がなくて、未来も感じられなくて、辛くてしかたがないのです。
辛いから感覚を閉じて閉じて、全て閉じた時にたった一つ残る感覚が、実は「死」という感覚なのです。

これは全ての生き物が同じです。

感覚を閉じることが当たり前になってませんか?
感覚を使わないことになれていませんか?
それって、「死に向かっている」ってことなんです。

ジサツ。
それは「エサ化」という動物の性質を知りながら変えようとしない、社会の恐ろしさが生んだ悲劇です。

少しはジサツする人の心理や流れが分かったでしょうか?
ほんの一部しか書いていませんが、「死の引力」と、「エサ化」いう概念は覚えておいて下さい。
ジサツから遠ざかりたければ、「死の引力」から離れることと、「エサ化」しないことです。
感覚を閉ざしている人がいたら、忠告してあげて下さい。

ご購入ありがとうございました。

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役に立ったコメント(2)

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Tatchy

私も「自傷未遂」をやりました。刃物を自分に突きつけて、「生きたい」気持ちを再確認するのです。
2010-08-02 21:37 通報する

お助けマン?

車やバイクでギリギリの線まで走らせると何故か生きていることを実感するのは気のせいじゃないのですね。
2012-09-14 15:17 通報する

 

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