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その昔、高度経済成長の時代に
集団就職で東京に出てきた人たちは
仕事で休みも取れずきつくても
しょうがないと思って我慢して長年
仕事を続けて今は定年になってるわけですが
そもそもきつくても続ける事ができたという事は
その仕事を嫌いではなかった、合ってたという
ことですよね?我慢強いと言っても嫌いなら
我慢に限度があり、辞めるか欝になるかだと
思うんですが、この世代の人は嫌いでも
永遠に我慢できる程鉄の精神を持ってた
んでしょうか。

  • 質問者:匿名希望
  • 質問日時:2011-08-28 19:38:43
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回答してくれたみんなへのお礼

今回のワースト回答者は
ここで憂さ晴らしをして
soodaの回答者の質を下げてる
2番目の匿名希望に決定です。
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会社に従ってさえ入れば、終身雇用でだんだん給料も上がっていくし、
定年まで勤められて、そう簡単にクビになることがなかったんでしょう。
今の時代とは違いますね。実力主義で終身雇用も危うい今の時代とは。

  • 回答者:匿名 (質問から2時間後)
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仕事が好きで苦労しなかった人はいないと思います。
家が根本にあって、家名を汚さない、恥を欠かせないなど
重圧があったのでしょう。
しかし、一生の仕事として働いて、家庭を持ち
子供を育てる満足感が意欲をそがなかったと思います。
押し付けられた我慢ではなく、節度のある我慢でしょう。

  • 回答者:満月 (質問から52分後)
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今の中国のようなものでしたね。
給料は安いですし、仕事が嫌いでもやめれば
終身雇用ですし、食べていけないですから
休みなしで、働いたものですね。
今の時代は恵まれていますね。

  • 回答者:暑い (質問から50分後)
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嫌いでも仕事があっていないと思ってもその会社で働かなければ、行けなかったんです。
少なくとも今の人達のように職業選択の自由が無限大にあった訳ではないと言う事です。
人間国宝になっている人が小僧の時分からずっとしてきて、辞めたくて辞めたくて、遊びたくて、サボりたくて、あっていない、仕事を替えたいと50年以上思っていて、今でもこの仕事にあっているんだろうかと思う事があると言う話を聞いた事があります。
気軽に転職出来る時代でもなくあっていなかった、今風にいうミスマッチという事も沢山あったと言うのが事実です。
我慢できる程の鉄の精神とはまた別のはなしです。

===補足===
そう思うのは貴方に職業選択の自由の恩恵を受けていて恵まれた環境にいるからです。
それでなければ、貴方が単なるヘタレか根性無しの我慢の出来ないダメ人間だと言う事ですね。

  • 回答者:匿名希望 (質問から39分後)
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でもそんな塞がれた状況で
我慢してこれるというのは
並の精神力じゃできないと
思うんです。

匿名で人を批判して楽しいですか?
ダメ人間より最低な人間ですね。

嫌いでないとか合っているとかで仕事を選べる時代ではなかったです。
何でもよいから仕事があればやるしか選択肢が無かったのです。
現在のように嫌だから辞めたら、食べることができなかった。
仕事があっても食べるのが大変だった。

===補足===
みんなそうだったから、仕方ないというあきらめもあったのだと思います。
働かなきゃ、食べ物がなくて死んでしまうんですよ。

鉄の精神が無かった人は、死んでいったので残っていないはずです。

  • 回答者:匿名 (質問から4分後)
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辞めるに辞められず
でも嫌いだからと我慢
して精神を患わないなら
やはり鉄の精神を持ってたんですね。

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