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野球選手の背番号で、18番はエースの番号を言われているようですが、なぜ18番がエースの番号なのですか。
その由来などを教えてください。

  • 質問者:匿名
  • 質問日時:2011-12-02 10:21:46
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確定的なものではないようですが、
創成期のエースから受け継がれたもののようですね。
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/rxr_detail/?id=20090219-90006287-r25

  • 回答者:とくめい (質問から13分後)
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とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

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日本に野球が入る百年以上も前から「十八番(おはこ)」という言葉はありました。

・歌舞伎で七代目市川團十郎が、初代團十郎・二代目團十郎・四代目團十郎がそれぞれ得意としていた荒事の演目18種を選んでこれを「歌舞伎十八番」といった。
ここから、得意とする芸という意味で広く用いられるようになった。

・阿弥陀如来が仏になる修行をしている時に立てられた48種類の誓い(弥陀の48願)の十八番目が「念仏をする人達を必ず救済する」というものであり、これが他の諸仏の立てられた誓いより突出している(すべての生けとし生けるものすべてを救う)ことから、十八番が得意なものの代名詞となった。

・武士の嗜む武芸の種類(刀、弓、組みなど)などの種類が全部で18種類(武芸十八般)から来ている。
この場合は「とっておきのひとつ」ではなく、18種類全てに優れた「多才」の意味も含まれる。

・江戸時代、高価な書画や茶器などをは丁重に箱に入れて、「真作である」ことを示す鑑定者の署名である「箱書き」を添えた。ここから、「本物の芸であると認定された」という意味で、「おはこ」と言うようになった。

なお、十八番と書いて「おはこ」と読ませた初出は、柳亭種彦が文化12年(1815年)から天保2年(1831年)にかけて書いた『正本製』(しょうほんじたて)。
また七代目團十郎が歌舞伎十八番を初めて公表したのは天保3年(1832年)のことで、この頃から広まった流行表現だったことが分かる。

  • 回答者:匿名 (質問から2時間後)
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