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昭和初期の服装について調べています。
インターネットで調べると、大正のモボ・モガから洋装の歴史はあり、昭和初期からアッパッパ、簡易服などが着られるようになったそうなのですが、当時の写真を見るとほとんどの女性は着物で、映画女優の方ぐらいしか洋服を着た人は見られません。
洋服を着るのはどのような人だったのでしょうか。
洋服は高価でお金持ちしか着られなかったのでしょうか。

  • 質問者:questioner
  • 質問日時:2008-09-26 11:18:29
  • 1
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子供のころに、よく祖母から聞いた話です。

私の祖母は、大阪商人のお嬢様でした。
大正14年生まれ・・・だったと思います。
学校ではまだみんな着物だったけど、祖母だけは洋服を着ていたそうです。
修学旅行にも、丁稚さんがついてきたそうです。

ということで、ちょっとお金持ちとかお嬢様だけだったんじゃないでしょうか?

  • 回答者:匿名希望 (質問から11時間後)
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ありがとうございます。
当時のお話を聞けて参考になりました。

洋服は確かに高価だし、お金持ちの人が着ることが多かったと思います。
またカメラも一般的なものではなかったのでまだまだ一般の方が
カメラの主役になることは少なかったと思います。
洋装の当時の写真が少ないのはそのせいもあるんじゃないでしょうか?

お金持ちのほか、お洒落に敏感な若者や流行を取り入れた職業の方も着ていた
と思いますが、やはり少数派。
モボ・モガなどは一部のムーブメントに近い感覚だったのではと想像します。
今で言えばゴスロリやパンクを着るようなもんですかね。

  • 回答者:cava (質問から30分後)
  • 2
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最近は田舎でもゴスロリやパンク系の服装を見かけるようになりましたが、それでもやはり少数派ですね。
ありがとうございます。

和服は自分たちで作って着られるものだったからです。
当時は和裁の技術は今よりもはるかに普及しており、普段着程度の着物であれば
自分で縫ったり、近所の上手な人に頼んだりで仕立てることができました。
また、和服は生地さえしっかりしていればいくらでもリフォームが利きますし、手ぬぐい
から浴衣を作るなどという芸当もできます。

当時の感覚からすれば、和服の方がずっと経済的だったわけです。
また、そういうわけで洋服は需要そのものが今よりずっと少なく、従って民間向けの服飾
工業の規模自体が現在とは比較にならないほど小さかったので、ファッションとして選べる
範囲自体も、当時としてみれば和服よりも狭いものでした。
そして、自分で気に入ったようなものを仕立てるとなれば、洋裁の技術は和裁に比べて
普及率が低かったわけですし、型紙に合わせて裁ってしまえば洋服はリフォームも利かず
端切れも不定形なものばかり出ますから、和服を仕立てるよりは高いものについてしま
うということになります。

価格そのものは、今と同じく高級和服よりはずっと安くできていたはずですし、下着や軽
作業着として、デザインや色彩に関係なく機能優先で選ぶような分野ではそれなりに大
量生産もされていて、普及もしていたと思います。

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家庭用のミシンなども昭和初期から始まったとありましたが、なるほど、確かに着物の方がムダがありませんね。
ありがとうございました。

そうですね。大正の末期から昭和の始めと言うのは、女性はまだまだ着物が主流でした。洋装をしてると言うのは、一部のお金持ち、ハイカラさん、また女優さん等で、一般の人は憧れても中々着れない時代だったと思います。(今の様に自由な世の中ではなかった。周りの目もあるし、金銭的な物も有ったと思います。まだまだ日本は貧乏な時代でした。)

  • 回答者:匿名希望 (質問から10分後)
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ありがとうございます。
やっぱり一部の方のものだったんですね。

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