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以下の件、ご意見いただきたく。
 
『A国の憲法では、Bという権利は認められているが、その行使は認められない という解釈が長年続いてきたが、 憲法の文面は変更せずに、今後は、その行使も認められる、という解釈に変更される』という場合、
『A国の憲法は改正されるということを意味する』、と筆者は考えますが、いかがでしょうか。
 これは改正には該当しない、などいろいろ、皆様のご見解をお聞きいたしたく。

  • 質問者:気になりや
  • 質問日時:2014-05-23 11:31:46
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なぜ解釈変更を至ったのか、どういう経緯で至ったのかというのが鍵になってくると思います。

憲法条文は理念的なものが多く、いわゆる文言解釈で限定的に解釈されなければいけないものではありません。裁判所が、そのバックグランドなどを読み取って、より具体的な内容(権利や義務)を明らかにして、適応していきます。

ですので、新たに権利行使が認められた経緯が合理的なものであれば、いわゆる憲法改正とは違う(既定の条文から読み込み、見出した権利)と見るものだと考えます。

たとえば、憲法13条から「新しい人権」とされるプライバシー権などが広範に読み込まれてきていますが、それに該当すると思います。

===補足===
たとえば、憲法13条から導き出されたプライバシーの権利を裁判所が認めたことについて、司法権が立法権の権能を侵したという、いわゆる三権分立に違反するのではないかという問題に通じるかと思います。

たしかに三権分立違反という意見もありえるところですが、すでに述べたとおり、裁判所には法解釈を行い、具体化する権利があり、それを行ったに過ぎないのであれば、改正ではなく、あくまで、すでに憲法が保障していた権利を裁判所が具現化したということになると考えています。

たとえば、憲法21条表現の自由から「デモ行進」を行う自由(権利)が導き出されていると記憶していますが、これはあくまでも、裁判所が憲法21条の解釈から合理的に導き出される権利=デモ行進をする権利を具現化しただけ(すでに憲法21条が保障していた権利にすぎない)ということになると思います。

ですから、いわゆる憲法改正(司法権が立法権を侵している問題)にはならないと考えています。

  • 回答者:匿名 (質問から4日後)
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参考になり、満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

ご丁寧なる回答、感謝いたします。
つきまして、若干 私見を述べさせていただきます。
貴見解の中で
『新たに権利行使が認められた経緯が合理的なものであれば、いわゆる憲法改正とは違う(既定の条文から読み込み、見出した権利)と見るものだと考えます。』
とあります。それでは、このケース(経緯が合理的であるという前提)で、もし いわゆる憲法改正ということになった場合は、同主旨で、条文の文言が変更されることになろうかと思いますが、両者の違いは、文章化されているか否かだけで、憲法の理解(解釈)は全く同じことになります。 したがって、新たに、『既定の条文から読み込み、見出した権利』が生じた合は、『憲法改正』 と見做される とするのが自然ではないでしょうか。
変更事項が、その国の根幹に関わるような事案であればあるほど、重要なことと 感じます。

<お礼の補足>
   ご回答の補足、ありがとうございました。
  貴見解を全体的に判断しますと、 はじめの、私の疑問をを含めた、上述の諸ケースが、
 『より具体化された、規定条文から読み込み、新たに見出された権利』なのかそれとも、
 『いわゆる憲法改正』なのかは、結局、解釈権限を有するとされる裁判所の判断に委ねら
れる ,ということになろうかと思います。
もし日本で、はじめの疑問のような、状況が生まれた場合は、国会の議論だけでは極めて 不十分(不適切) ということになりますね。

並び替え:

実質的な改正といってよいと思います。
このような行為が「前例」とされ、濫用を招かないか大変心配です。

この回答の満足度
  
参考になりました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

大変ありがとうございました。 おなじ思いの方がいて 心強く感じました。
今後の参考にさせていただきます。

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