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質問

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死んだ人の誕生日や生きていたら今年還暦、などの節目を祝うことは、その人の死を認めていないことになりますか?
その人が天命を全うしていないというような印象を受けるでしょうか?

  • 質問者:藍色
  • 質問日時:2015-05-02 22:58:26
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記念の日を思い出し故人の事を想うのは
誰もがよくあることだと思いますが、生きて居る人と同じように祝うというのであれば
違う気がしますね。それだと仰っている通り死を認めていない行為になってしまうと思います。

  • 回答者:匿名 (質問から6日後)
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そんなことはないと思います。その人を忘れないためと思います・・・

  • 回答者:toshix (質問から10時間後)
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死に際して喪の作業には四十九日、月命日、お墓参りなどをする
というのが慣わしですね。
そうやって形から死を受け入れていくという先人の知恵だと思います。

私は人の死を受け入れる様はいろいろあって良いと思います。しかし、
あなたが行う儀式(生きていたら還暦)は一般的ではない為、
周りから見たら奇異に受け止められたり、やもすれば
故人の死に抗っている様に感じられるかもしれませんね。

一度和尚さんに相談というか、
お墓参りの際に、そういったお話を伺ってみては如何でしょうか?

  • 回答者:匿名 (質問から3時間後)
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誕生日が来たら生きていたら今年で何歳になるな。とか考えるのは普通ですが
祝うっていうのは違うと思います。

  • 回答者:匿名 (質問から3時間後)
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大切な方を亡くした人なら、多くが、そう思うものなのではないでしょうか。

生きていたら○○歳だとか、ふと、返ってくるのではないかと考えたり…

昇天した後も、安らかにお眠りくださいというより、天国で楽しく暮らして
いてくださいと、亡き人に伝えたくなったり。。。

質問者様の御意見(おっしゃりたい事)は、よく理解できます。
縁のあった故人を愛おしむ心があれば、自然な心情なのでしょう。

  • 回答者:匿名 (質問から60分後)
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仏教など宗教的な考えではどうかは知りませんが、個人的に死を認めていないとは思いません。
人が本当に死ぬのは、その人のことが忘れ去られた時だ。という言葉もあります。
生きていれば~と思うのは人として自然な気持ちなのではないのでしょうか。

  • 回答者:匿名 (質問から25分後)
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