41歳女です。
あまり知識も深く無く
私が生きてきた間に年齢と共に悟ってきたことでしか書けないのですが
本当にそうですよね。
生き方の方向も、在り方も
できるはずのことも為す術の適材適所もその他の展開もすべて思うようにはいきません。
変なたとえなのですが
我が家の雑種犬がいつもとても楽しそうで幸せそうで、それをぼんやりと眺めている時に私も孔明さんのようなことをちょっと考えたことがあります。
犬ってなんでいつもこんなに楽しそうなんだろう?
そういえば、エサをもらうこと、撫でてもらうこと、散歩へいくこと、かまってもらうこと
飼い主が帰って来ること遊ぶこと。
このようなことにとてもハイテンションになり前身で喜びを表すのを幸せだからだと思うのはこちらの勝手なのかもしれませんが
あながちはずれてもいないのではないかと思うほど嬉しそうです。
したいことや欲しい物が実に単純で
しかも、ものすごく喜べるピュアな心には
ほんの少しのことでも大層しあわせを感じることができて
他は望まず、その場の喜びにだけ集中して今を一生懸命楽しめ、全てがうまくいっているのかな?と思いました。
人間は、後先の事のつながりや周りとの絡みの複雑さや調和の大切さを強いられ
考えねば後々困ることになりやってはいけません。
そんな立場にある人という生き物って、みんなきっと貪欲で
少なくとも犬よりも数倍「欲の種類」が多くて成し遂げたい事も多いのでしょう。
欲っすることが多いと思うようにいかないことも多くなり困難が増えるのだと思いました。
また、自分が努力して可能にしたことを為そうとしたとき
1人ではできない周りとの関わりあいで、思うまま進むことを阻止されるという事態も起こりますよね。
ひとりでできることはなんとかなりますが
周りとの兼ね合いがずれてくる場合が多々ありますので、そういうところから「そうじゃないのにー!こうしてくれたらできたのに」と
誰もが思っていたりして。
見えない歯車の仕業かと思います。
- 回答者:lilbit happy (質問から3時間後)
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