親から可愛がられることが少なかった人という、その言葉自体に私は違和感と彼の身勝手さを感じます。
可愛がられていたことというのは、長らく気づかないところでたくさんあるものですよね。
本人が、何十年も後に気づくことが多いものでもあり
それに気づかずに人生を終える人ほど不幸な人はありません。
彼は、可愛がられる=ちやほやされる、または目に見える形のある愛情表現にしか気づく事のできない人だと感じました。
要するに恩知らず。だから、そういうことを思いついたのでしょう。
また、可愛がられたり思いやりをかけられることというのも、実に目に見えない部分で回りまわり後で感じることのほうが多く、また、そういうものの方が尊いものではないでしょうかね。
思いやりというのは、自分に常にそういう態度があってこそ相手から自然に返ってくるものであるので
人の思いやりや親の本当の愛情がどこにあったかなども知らないような彼には、必然的に感じ取れるものも少ない上に、返りがあることも少ないので
あまり思いやりが感じられる場面に遭遇していないのでしょう。
あなたがのほほんとしているのではないと思います。
あなたにはごく普通の思いやりがあるので自然に貴方の周りには思いやりのある方が多いだけで、自然の摂理です。
優しい人にはどんな人間でも優しくしてしまうのは人のサガですからね。
あと、素奥さんを、特に必要とも思えないのに悪く言う行為もいただけないですね。
熱を出して旅行がだめになったにあたって、それまでのつきあいの経過ででの彼の行動がどうあってきていたかでも彼女がキャンセルくらったときの感情にもかなり誤差は生じます。普段からのらりくらりと自分の気分でキャンセルしてきたとかのいきさつがあってオオカミ少年状態だったとしたら、彼女の激怒もわからないでもないですし
かといって、彼女も体調を一切考慮せず激怒するのもよくないです。
しかし、それを親との関係のせいにするのは非常におかしいですし
親と事情のある育ち方をした人全部を侮辱するのはいけません。
実は私は親とは縁が薄く、施設で幼少期を育ちました。
しかし、今は親を引き取り、結婚もしていて子供も3人。夫とも勿論うまくいき社会人としても極普通に楽しく暮らし、友達とも特に差し障り無い関係で平和に過ごしています。
完璧かどうかはそれは人が決めることですが、とりたてて妙な指摘を受けたことも無いのでまず普通に思いやりも持っているつもりです。
こういう彼のような
何度かの自分の一部の体験から学んだつもりで主観でしか判断きないような
了見の狭い考え方をする人間が大嫌いですが、顔にも言葉にも態度にも出しませんし凛として生きていくつもりです。これまでも、この先もずっとです。