すべてのカテゴリ » 知識・教養・学問 » 知識・学問 » 芸術・言語・文学

質問

終了

教養と雑学の違いって何でしょうか?
皆さん、ご自分なりの意見をお聞かせください。
     ~~~~~

微妙に違うと思うんです。でも明確に定義できないって感じです。
ですから、同じだという方はお控えください。

「わたし教養あるんです」って言われたら虫酸が走るけど、
「わたし雑学豊富なんです」は「へぇ、すごいですね、これ知ってる?」みたいに許せます。

  • 質問者:匿名
  • 質問日時:2009-02-01 09:12:21
  • 0

回答してくれたみんなへのお礼

いろんなご意見ありがとうございました。
いくつか、しっくりくるご意見ありました。
共通点はたくさんあって、明確に区別しづらいと思っています。
違いは広かろうが、深かろうが、断片的なのが雑学、それぞれが関連をもって
つながっているのが教養だとわたしは感じています。
最初にそういった感じのお答えをくださった方をベストといたします。

教養は、体系的に熟知・精通している感じ。
雑学は、つまみ食い的・広く浅くという感じ。

教養に面白みは必要ないけど、雑学は面白くないとだめ
みたいな感じ。

教養は社会的地位や名誉を獲得しやすく、雑学はプライベートで人気を獲得できそう。

  • 回答者:みて (質問から8分後)
  • 2
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

ありがとうございます。
1行目なるほどです。
教養はつながっている感じがします。

並び替え:

教養は、社会生活をする上で必要な知識や行動。その人の品格を表すもので、学校で習う学問だけでなく、芸術、作法などの文化的なものを含んでいる。

雑学は、雑多な情報。きちんと系統立てられていなくて、日常生活をする上で特に必要は無いが、知っていること。

最近では、雑学という言葉が流行っていて、どんな知識も雑学呼ばわりされてしまう事があります。
教養の中にきちんとした学問も雑学も混ざっていて、また、雑学の中にも教養といえる部分もあり、そうでない部分もあり、といった所でしょうか。

この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

そんな感じだと思います。
違いはあるけど、まったく別物という感じでもない、そんな感じ。
あぁ、わけわからなくなってきました。

教養・・・日常生活でも必要とされる常識を持ち合わせてる。賢い。

雑学・・・一般的には知っていなくてもいい情報を知っている。マニアックなことを詳しく知ってる。

  • 回答者:匿名希望 (質問から1日後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

教養は、「あふれる教養」といわれるくらいで、本人が気づいてなくても他人が魅力を感じてしまうほどの、その人の持つ知性や振る舞いのことであり、そして、その内容は有益でかつ全体的にもその一つ一つが系統立っているものがほとんどです。
だから、他人がその人に感じるモノが教養そのものであるので「わたし教養あるんです。」などと言ってしまった時点でそれは教養ではなくなってしまうと思います。

雑学はまさに字のごとく、雑多な知識の集まりであり、どちらかといえば興味本位で面白さを優先して集められた知識で、お互いに関連性は希薄であり全体としてみて系統立っていないような気がします。もともとは、「あいつのは学問ではなくただの雑学にすぎない。」みたいなどちらかといえばさげすんだ意味をもって使われていましたが、最近ではTVの影響もあって、面白知識という意味相が濃くなり、良い意味で使われるようになったように思います。だから「わたし雑学豊富なんですが…。」というセリフも今では違和感なく使えるのではないでしょうか。(昔の人が聞いたら「私は雑学しか知らない馬鹿者ですが…。」あるいは「私の知識はまだまだで、ほんの雑学にしか過ぎませんが…。」という謙遜に聞こえるかもしれませんね)

  • 回答者:ほとばしるか?知性 (質問から8時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

いやいや、今でも「雑学」って謙遜でしょ?
相手に対して、「あんたのは雑学だ」とは、少なくともわたしはよう言いません。
それと、ひけらかした時点で教養でなくなるとすると、有益とか、系統だってるとかどうして他人にわかるんでしょうか。確かにおっしゃるとおり、「教養溢れる人」とはいるだけで、まわりがそう感じられる人でしょう。でも、その教養とはなんですか?ひけらかさないから、眼に見えませんよね。

一問一答みたいな事実しか知らないのは、雑学で、
個々の事象の関連を説明できる...というように、広がりを持って論ずるくらいの知識があるなら教養。

たとえば、
現代社会の技術、工夫にかかる知識(工学的な知識)は雑学。
でも、現代社会の技術の系譜を論ずることができれば、それは、教養。

歴史、伝統、文化に関する一つの事件/事実/作品に関する知識は雑学。
でも、それらの流れを論じることができ、現代社会に及ぼす影響まで論ずることができれば、それは教養。

という感じではないか思っています。

  • 回答者:微妙 (質問から5時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

そう。そんな気がします。
つながりがあるか、ないかでしょうか。

普段考えたこともなかったのですが、私のイメージ

教養:一般的な常識

雑学:知らなくても生活に支障はないけど、知っていると飲み会のとき等に
ネタにできる。
(たとえば、地デジは教養の領域だと思います。ここまでは、教養。
そこで利用している周波数帯を詳しく知っているとかになると、雑学)

以上です。

===補足===
私も匿名さんと同じで、人に話すときは見下しているようなイメージを抱かせない
ように気をつけていますよ。

「知っているかもしれないけど、○○は、××だよ。」
「雑学なんだけど、○○知っている?」とか。

「一般常識ならばあるよ!」でいいと思いますが、その場の状況(空気)を
よく読まないといけないですね。日本語って難しいですね。

相手にとっては、常識じゃないこと、いっぱいありますからね。

この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

わたし、自分で言うのもなんですが、一般的な常識は備えています。
でも、教養があるとは口が裂けても言えません。さて、困った。

補足わざわざありがとうございます。
でもわたしが舌足らずだったせいか、意図が伝わりませんでしたね。
教養=一般的な常識というお答えに対し、
「一般常識はあるよ」はOKで「教養があるよ」がNGなら、
教養=一般常識とは言えないんじゃないかということです。

教養は学校で習う勉強を良く知っている

雑学は学校では習わないけど、
常識や為になること(生活の役に立つこと)を知っている

というイメージですね。

  • 回答者:匿名 (質問から4時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

教養=学力ですか。
なんかしっくりきません。

教養は学校で教わる勉強や社会常識のようなもの

雑学は、生きていく上で知っておくと役に立ったり、話の種になるようなこと

だと思っています。

  • 回答者:匿名希望 (質問から4時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

うちの一見今時の子という感じの男子校に通う次男=17歳が自他共に認める「雑学王」なんですが、まるで「おばあちゃんの知恵袋」のような子なんです(笑)
レタスの芯の取り方まで教えてくれたという筋金入りの^^;
だけど教養は皆無に等しいオバカキャラです。

ところで、ふたつの違いですが
教養があるというのは、仕事など生活の糧に役立つ知識であり
雑学というのは、生きていく上で必須となる「人と人とのコミュニケーション」を豊かで楽しいものにしたり、プライベートでの日常生活で大いに役立つものであったりというマメ知識だと思います。

どちらもあるに越したことはなく、
しかし、雑学は誰でも興味を持ってテレビなどを観ていて安易に得ることができるが、
教養というのは学習努力も必要とする難解なものをクリアしたあとに得るものであるので、ひけらかし、自分で言うとイヤミに感じることなのでしょうね。

===補足===
そうですよね。どこからか仕入れた知識、うまく表現できず、代弁してくださったこと、感謝いたします!
自分で築きあげていくものって、これだという形が無いその人の経験からくる人間力なんでしょうね。
人間力ってこれだとは言えなくて、称えようがないけど、魅力とか言われるものの一部になったり、生きていくのにすごく大事な深いものだったり・・・
またうまく言えませんでした^^;
なんか、教えられました。ありがとうございました。

  • 回答者:おばあちゃんの母?(汗) (質問から3時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

ありがとうございます。そうですね、どっちもあればあった方がいいというくらいのもの。
でも、教養だって、雑学だって、知識ですから、どこかから仕入れるもんであって、自分で
築き上げるようなものではない気がします。
お子さんの「雑学」は学習努力の賜物と思いますよ。

補足ありがとうございます。
努力して得た知識をベースにして、開拓、創造、考案、発明等々していくことが、築き上げることだと思っています、わたしは。人間関係であれ、顧客であれ、技術開発であれ、理論構築であれ。これらはみんな、ないものから作り出さないといけません。そのためには知識が必要です。教養や雑学がそれに含まれるのかどうかはわかりませんが。

教養」という言葉は学者をやっている感じがします。
「雑学」という言葉はクイズ研究家みたいな感じがします。

  • 回答者:匿名希望 (質問から3時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

教養は内に秘めてにじみ出るものです。
雑学は口外して駄洒落に通じます。

  • 回答者:満月 (質問から3時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

これは素直に納得ですねぇ。
ひけらかしたときに、引かれるものと、惹かれるもの。

教養は、世の中を生きていく上でないと困るもの。

雑学は、特になくても困らないが、あるといろいろな場面で話題づくりや交流を広めるのに役立つ物。趣味の分野で詳しいのもこちらに入ると思います。

といったところでしょうか。

  • 回答者:孔明 (質問から3時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

そうですかねぇ。
とすると、今の世の中、自分も含めてですが、困ってしまって生きていけない人ばかりのような気がするんですけど、違いますかねぇ。

「教養」というのは「一般教養」や「教養学部」あるように、社会で過ごすときに必用な
ものかと思います。
「雑学」というのは、「教養の中の一分野」で、どちらかといえば、「知らないより知ってた
ほうが面白くすごせる知識」かなと思っています。

でも、自分で自分は「無教養」だと思っています。

この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

大辞林によると教養とは、「社会人として必要な広い文化的な知識。また、それによって養われた品位」となっております。

個人的な解釈としては、歴史上ある程度の上流階級に求められた「知識」や「作法」であると考えております。

当然定番の知識があり、日本人なら「徒然草」や「古事記」の代表例文を暗記しているとか、中国や日本の歴史に精通しているとか色々あるようです。

外国人の日本通は、日本の歴史や文化に意外と詳しく、日本人なのに自国の歴史や文化に疎いと「無教養」と馬鹿にされるそうです。(折り紙とかもできないとダメらしいです!)

また明治時代以降「脱亜入欧」で走ってきた日本なので、西洋の歴史や文化に関する知識、作法(テーブルマナー等)もそれに含まれます。

それから転じて大辞林に記載されている内容になったのではないでしょうか。
いわゆる雑学とは似て非なるものでしょう。

この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

ありがとうございます。1つずつは本当におっしゃる通りと思います。難しいなぁ。
外国人にどう思われようと、自国の歴史や折り紙知らなくても、社会人として生きていけますからねぇ。
あと、雑学=似非教養とのことですが、どう非なるものでしょうかねぇ。

「こいつ、物知りだけれど、嫌い!」
とか、
「博学だけれど、嫌い!」
なんて、好き嫌いで、
「雑学、に詳しいですね。」
と、されてしまうんじゃないでしょうか?

ためにはならない
と判定されるのは、判定する人にとって
ためにならない
と言うレベル。

価値観の相違、と言ってしまえば、寂しいけれどそれで終了。

どんな些細なことでも、ためにならないことって、ないと思うんで、
それは雑学!
と判定する人のレベルで
博学なのか、雑学なのか
になるんじゃないでしょうか?

それは雑学!
と判定することが多い人ほど
たとえ教養人、博学のふりをしていても
雑学人なんでしょう。

ぼくは、雑学より雑楽がいいな!

この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

主観、受け取り方で決まるんですね。
教養=博学ですか?

教養=生きていくうえのためになることを知っている。
雑学=ためにはならないが、楽しいことを知っている。雑談のネタが豊富

だと思っています。
雑学ってある意味、「ムダ知識」って事と思います。
でも楽しいムダだと思います。
雑学豊富と聞いていい印象を持つのは「楽しいネタが豊富」と思うからかも知れませんね。

===補足===
補足です。

絶対に必要はないけど、あったらいいものという意味です。

たとえば、車はなくても生活できますよね?でもあったら楽しいですよね?
お菓子も食べなくてもいいけど、食べたら美味しいし、ちょっと幸せになれたり。

雑学ってある意味、デザートに似ているかもしれませんね

  • 回答者:印象の違い? (質問から2時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

教養はいるもの、雑学はいらんものってことですか?

補足わざわざありがとうございます。
わたしのコメント、枝葉をはしょりすぎですよね。
あったらいいけど、必要ではない=いらんと解釈してます。
で、教養は絶対いるものか? これが疑問です。

教養は人生の武器にはなるが、雑学は武器にまではならない。

  • 回答者:c (質問から2時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

ありがとうございます。
ここまでの大差はないように思いますねぇ、わたしは。

教養は・・・一般人が持つ以上の知識を持ち、マナーも身につけていること。
雑学は・・・いろんなことをチョイスして覚えていること。専門家からみたら物足りない知識でもバリエーション豊富だからある意味凄い。という風に認識してます。

===補足===
教養は、雑学というよりむしろ専門家の知識に近いと思ってます。
雑学は広く浅く、教養はそれより狭くても深い知識と人間性も加味されると思ってますが。

この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

雑学+マナー=教養ってことですか?

う~ん。医者が医学を裁判官が法律を知っていても、教養があると言わないと思うんですよ。いくら人格者でも。

個人的な分類

教養: 体系的に知識として身に付けてると世間一般の人の役に立つ可能性が高い事柄。
 例:現役を引退した旧国鉄の車両の中には東南アジアに輸出されいまも現地で使われているものもある。

雑学: 知っていても話題や極一部の人の興味以外、科学の発展などに役に立たない事柄
 例:旧国鉄の車両形式 103系の1号車が現在、どこどこの路線を走っている。

役に立つ/立たないの判断基準があいまいですが、、、

  • 回答者:Ken (質問から50分後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

そうですよねぇ。微妙に違いますよねぇ。でもうまくその違いを定義できないんですよ。
正直、教養ってのもあんまり役に立つ気がしないんですよね、わたしは。

専門分野に詳しいひとが教養のある人。
生活の知恵がたくさんある人が雑学だと思います。
Soodaに居る限りは雑学のある人のほうが有利ですね。

  • 回答者:匿名希望 (質問から42分後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

教養:一般教育の中での知識が豊富な感じがします。
雑学:その知識等に裏打ちされてて、より幅広いところまで、また、無駄な部分の知識まで、知ってるって感じ
こんなのかな??

私が教えてもらった、物理の先生は、雑学豊富って感じでした。
たの先生は、教養? あったのかな?

  • 回答者:とむ (質問から32分後)
  • 0
この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

関連する質問・相談

Sooda!からのお知らせ

一覧を見る