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日本人は、どうしてフィクションをフィクション(作者の視点からの一意見でしかない)と捉えられないのでしょうか?

  • 質問者:匿名
  • 質問日時:2014-05-13 22:02:00
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フィクションとして捉えられるだけのキャパシティーが無いからです。
それどころかフィクションであっても誤った事実が広がる事を
何より心配し、それを悪影響と判断してしまうのです。

  • 回答者:匿名 (質問から6日後)
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フィクションとして割り切れない部分があったからだと思いますね。

風評被害というか洒落になってないんでしょう。

実際に現在進行形で問題は継続中な理由ですし、帰りたくても帰れない人や被害にあっている人達からしたら同じ様に捉えられるのが嫌なんだと思いますよ。

  • 回答者:匿名希望 (質問から16時間後)
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同感です。
少し前のドラマ[明日ママがいない]もとてもステキなドラマでした。

  • 回答者:表現の自由 (質問から16時間後)
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現実だと「匂う要素」が組み込まれてるからでしょう。
映画にしても、日本にはそのような任務を遂行する部隊は「無い」にしろ「似た様な名称」でそのような部隊を「暗」に「匂わせる」事によって、真実味を持たせ臨場感を出す、これでは会場の雰囲気を交えて真実化してしまうでしょう。
 で、検察・刑事・警察・観察・アクション・推理系、等々には「これらはフィクションです」と必ず能書きがあるわけですが、これは半分はノンフィクションだろうと心には残るわけです。
作者は真実味のある現実をフィクションに織り交ぜるテクニックで視聴者・読者を引き付けるからです。
やりすぎると、「(売名・売上げ高上魂胆の)炎上商法かっ!?」って言われる所以です。
「おいしんぼ」は、ある程度には有名でもありますが「単」に一漫画ですから、全国区なって売上げ倍増でしょう。
娯楽漫画から(昔アニメ化されて実写化の映画もありましたが)今は社会化面我の先方を担ぎたくなったのでしょうね。
おいしんぼの作者の妻が云々とかもありますが、漫画のソース・(一部としても)が「妻」の進言では信じる人もいないでしょう。

  • 回答者:ノン (質問から11時間後)
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おいしんぼの場合には、人気作品であり社会的影響力が高いからです。
その中の主人公に鼻血を出させる演出は明らかに「やりすぎ」ですね。

反日サヨクばりの誇張や欺瞞を感じます。あたかも中韓が慰安婦問題等で日本を攻撃するのと同様に、虚実ないまぜにした上で一方的に相手を非難する手法が鼻につきます。

フィクションはフィクションですが、そういう社会情勢もあり反発を食らっているだと思います。確かにフィクションだからという意見は理解できますが、内容が内容であるだけに看過できない一般人は多いのでしょう。

  • 回答者:匿名希望 (質問から3時間後)
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あの漫画のことを言ってるんでしょうが
あれは虚実入り交じっていて完全なフィクションとは言えないですからね。
作者自身も2年取材した結果だとも明言してますから。

  • 回答者:匿名 (質問から2時間後)
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個人的な考えですけれど、日本は言霊信仰の国だからという側面があるからではないでしょうか。無論それだけではなくいろんな理由があると思いますが。

言霊信仰と言っても厳密に宗教ではなく、日本人ならばたいていの人が思ったことがあるようなことです。
例えば、明日の運動会で皆がお天気は晴れるといいね。と言っている中、誰か一人、「明日は雨だ」と言ったら非難されるし、たまたま本当に雨が降ってしまったら「その誰かが縁起でもないことを言ったからそれが現実のものとなった」と思ってしまうんです。
この考え方があるから、例えば事故を想定しての装備や訓練への議論が外国よりも劣っているらしいです。
例えば、飛行機は必ず落ちるから落ちた時にどうするかの提案がし難いとか。
落ちるのは稀ですが、毎年必ず落ちていることは確かで。それに対する備えは大切なのに、そういったことに対する議論が日本ではとて難しいと。
そう書いてあったのはもうかなり昔の本なので今は違っているかもしれませんが。

  • 回答者:匿名 (質問から53分後)
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