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あなたは、人はいつか死ぬ、自分もいつかは死ぬ、という事実を、いつどんなかたちで知りましたか?

===補足===
ん~。。。。なにかちょっとニュアンスが伝わっていないと思いました。訊きたかったのは、『知識として、概念として』知った状況の事なのです――。
例えば、○歳の時に誰々が亡くなって知った、というのは、「リアルに感じた」「身近に感じた」ということで、「死ぬ」という事そのものを知った瞬間ではないように思うのです。その日の前日まで、「人間は死ぬ」という事自体を知識としても知らなかったのかな…??

  • 質問者:ty
  • 質問日時:2009-04-10 10:18:45
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難しい質問ですね。人は、いつか死ぬ・・・
知らず知らずのうちに知っていたように思えます。

 きっと、生まれた時から、「死」については、
なんとな~く、誰に言われることもなく、
知っていたのかもしれません。

 でも、生まれてきた生活の中で、親又は周囲の大人より、
「そんなことしたら怪我するよ!死ぬよ!」って
危ないことをしようとして言われて、
知り始めたのかもしれないですね。

 あとは・・・身近な人というよりは、
小さな虫とかが、死ぬのを見たりしたことが、
初めての「死」を知ったときかもしれないですね。

  • 回答者:心の中の宇宙 (質問から7日後)
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わたしは、保育園のお友達が交通事故で亡くなり、
お葬式に参列し、次の日から登園しなくなったとき、
「人間は死ぬ」という事実を知りました。

  • 回答者:ひでこ (質問から7日後)
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中学の同級生が自殺した時に感じました・・・

みんなショックでした。

  • 回答者:匿名希望 (質問から7日後)
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現実として認識したのは覚えていませんが
死というものについて本気で認識したのは小説を読んだ時ですね。
小説には死生観について書かれたものが多いです。
メメントモリ、死を思え、大事なことだと思います。

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ただ、なんとなく、概念もなく、いつの日だったか覚えもなく知っていましたね。

ただ、同級生がと川に泳ぎに行って、心臓麻痺でなくなったその浮かび上がった瞬間を見たときはショックでしたね。 ちょっとニュアンスが違うかもしれませんが。

  • 回答者:うどうんだいすき (質問から2日後)
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子供の頃に酷い喘息で苦しんでいて、眠れないし、体中痛いし、、、、
というときに母親に「死んだら痛くないよ。苦しくないよ」といわれたときに
「死」というものを知りました。

治らないと痛いのから逃れられないと思っていたけど、
死んでも痛くないんだ・・・とちょっとびっくりしましたね。
そのときは死ぬ=痛くないという感覚しかなかったで死んでもいいと思ってました。

  • 回答者:考えると酷い親だね (質問から2日後)
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なぜか小さなころ(2~3歳?ころ)から死が怖かったのをはっきり覚えています。私の場合病気がそれを気付かせてくれたとおもっています。
思春期のときある日突然「てんかん」という病いにおそわれ(この病気は急に呼息が止まりその間に魂が体から飛び出す)もので飛び出した魂がもとの自分の体に戻ってくるときに、ものすごい苦しいのですがそれををいやというほど何回も味わってしまいました。(たぶん死んで霊界に行ったときに目覚める時の感覚の過程を前もって知ってしまったようです)・・・・だから死んで必ず訪れるあの世は確実にある・・・とつくづく感じています。
病いのほうは15年近く続いたある日突然、消えてしまって・・病気を治そうと懸命に治療していた日々はなんだったのか・・・・霊界を知るためだったの??っておもうほどです。

  • 回答者:なな (質問から1日後)
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いつの間にか、気づいたら知っていました。
きっかけもわかりません。

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小学3年生の時、祖父が胃がんで亡くなった時ですね。
棺桶の中に横たわっている祖父の額を触って、あまりの冷たさに何度も触った記憶があります。「生きていない」人ではなく、モノになってしまったという感覚とその後火葬される時に動かなくなって「生きていない」存在は火葬するのだということを知りました。

その次は20歳の時、同じ生年月日の同級生がバイク事故で亡くなった時、それまではまだまだ寿命があるという思いでいたものが、確実に生きているものは必ず死ぬのだと確信しました。

26歳の時父親が心不全で突然亡くなり、死ぬということを受け入れるのがものすごく怖いという思いを感じました。
その後はどう生きていくか、生き抜くかなどいろいろ本を読んだりしていき(宗教関係のものではなく)いま46歳なのであと半分(苦笑、厚かましくてすみません)悔いのないように生きていく、生き抜く(もって生まれた寿命というものがあるのなら)ことを目標に死に向かって生きております。

  • 回答者:ももた (質問から1日後)
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概念としてですか。

4歳くらいですかね。
両親に「貴方が産まれてきて本当に嬉しいわ」とよく言われ、「生まれて来た」ということを知りました。そしておじいちゃんとかはヨボヨボで、「老いる」んだなということをなんとなく知りました。弟が生まれたらもっと分かりました。
虫を観察したり殺したりすることで「死」を知りました。蟻を、たくさん並べて、たまに一匹殺したりすることで、生きている個体が残ることを知りました。死んだら動かなくなることも。残酷だということも。

リアルに知ったのは私にとって「愛する猫の死」でした。

  • 回答者:むづかしい。。 (質問から16時間後)
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自分が病いにかかった時にそう思いました。

  • 回答者:あss (質問から14時間後)
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小学生のとき「死」という漢字を書く練習をしていたとき、自分もいつかは死ぬんだなと知りました。

  • 回答者:匿名 (質問から13時間後)
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幼稚園の頃、親に教えてもらいました。

  • 回答者:死ぬ、という知識を、いつどんなかたちで (質問から12時間後)
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高校のときです。倫理社会や国語の教科書のなかで哲学人・文学人の精神分裂的な悲惨な最期を知ったとき、自分もこんな最期を迎えるのかもなあ、と思いました。最近本当に自分も精神分裂的な最期を迎えるかもと思っています。

  • 回答者:匿名希望 (質問から12時間後)
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小学校低学年のころだと思います。
死にたいって思ってたので、知識としてあったんだと思います

  • 回答者:匿名希望 (質問から11時間後)
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物心ついた時から知っていました。
いつ知ったと言う記憶がないです。

  • 回答者:匿名希望 (質問から7時間後)
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たぶん幼稚園の頃、おじいちゃんが病気で亡くなってしまった時です。

私が物心つく前から寝たきりで全然話したこともなかったので、哀しいとか辛いとかって気持ちにはなりませんでしたが、母や親戚達がめちゃくちゃ哀しんでいたので、それで「死」の意味が分かりました。

  • 回答者:チャチャ (質問から6時間後)
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中学生のとき、同じクラスの男の子が交通事故でなくなりました。
こんなに簡単に人は死ぬのかと思うととてもショックでした。このときから、悔いのないように生きたいと思うようになりました。

かぜをひいたり、お腹を壊すたびに、大丈夫かなと心配になります。

  • 回答者:匿名 (質問から6時間後)
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幼稚園ぐらいから家では小鳥・うさぎ・猫・犬を飼っていましたので
命あるものは動かなくなってしまう時がくる。
これが死というものとだんだんにわかってきたように思います。
人間の死というものをはっきり考えるようになったのは、
高校生の時の祖母の死でした。
病院で長い間闘病していましたので、家族で毎日通いました。
その頃から人間の死というものがはっきり現実的に考えるようになりました。

  • 回答者:Sooda! (質問から6時間後)
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小学校2年のときに自殺しようとしたので
それ以前だと思います。

  • 回答者:ジョージ (質問から5時間後)
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交通事故にあって.脳震盪を起こして数分意識がなく意識が戻った時ですね。
こうやって死ぬ時は自分が気が付かないまま死んでしまう事もあるのかと思いました

  • 回答者:匿名希望 (質問から4時間後)
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小学校低学年の時、隣のおばあちゃんが亡くなった時です。
お葬式がはじめての経験で、とても悲しかった記憶が残っています

===補足===
「人の死」を意識したのも、やはり先に書いたとおりお隣のお葬式のときだと・・・
それまでは人の死・お葬式も見たこと無かった思います。

  • 回答者:目標100歳 (質問から4時間後)
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中学校1年の時、祖父が亡くなった時です。
半年くらい前はすごく元気だったのに・・・
イタズラばかりしてたので、よく怒られもしましたが、怒った分可愛がってもらったと思ってたので、ショックでした。
そのとき死というものに初めて直面しましたね。

===補足===
幼稚園くらいの時だと思います。
あんまりはっきりと記憶はないんですけど、
たぶん親から聞いてだと思います。

  • 回答者:匿名さん (質問から3時間後)
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正確には覚えていませんが、親族の死に接した時だと思います。

  • 回答者:クリップ (質問から3時間後)
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小学校のとき同じ学校に通っている男の子が、火事で亡くなりました。
突然いなくなってしまい、自分と同じくらいの子供でも死んでしまうんだと、なんとなく感じましたね。
かなりショッキングでした。恐ろしかった記憶があります。

  • 回答者:嵐 (質問から3時間後)
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人の死をみたのは5歳くらいのときで、お祖父ちゃんでした。
死ぬ、ということばよりも、ものごとには終わりがあるのだと、
ぼんやりと思いました。
自分もいつかそうなるのだということは、ごく漠然とその時理解したと思います。

  • 回答者:匿名 (質問から3時間後)
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私は、最初は生まれたばかりの弟の死、そして中学の時に父親が亡くなり、その時に人は死ぬものだと感じました。
人は遅かれ早かれ死んで逝きます。
この年齢「50代」になってくると数えきれないぐらいその様ことが有ります辛いけど頑張って生きるしかないですね。

  • 回答者:匿名 (質問から3時間後)
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幼稚園の時父方の曾祖母が亡くなりました
その時は同居じゃなかったんで死んだら
どこかに行くんだぐらいでした
(旅行に行ってるぐらい)

はっきりと実感したのは小2の時
父が事故で亡くなったときですね
葬式の最中は「今寝てるだけですぐ起きてくる」
これはいつもの父のジョークだと思っていましたが・・
火葬場に行き父が焼かれお骨になって
その骨を骨箱に入れたときです

人はいつか死ぬ自分も死んだらこうなるんだ
あの大きな父がこんなに小さくなるんだ
いつも抱っこしてもらってた父を私が抱いている
ショックでしばらくは引きこもり状態になっていました

  • 回答者:れもん (質問から2時間後)
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姉が33歳の若さで、死んだときです。

  • 回答者:てんとうむし (質問から2時間後)
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友達の生後間も無い赤ちゃんが亡くなった時に
人間はいつ死ぬかわからない、と思いました。

  • 回答者:ラク (質問から2時間後)
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子供の頃だと思うが、明確には分からない。小学高低学年の時、おじいさん(母の父)が亡くなり、葬式で、はしゃいでいた記憶はあるが、それ以前から、人は死ぬことを知っていたと思う。

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子供の頃から事実としては、知っていましたが、死を本当の意味で実感したのは、30代になって、母が死んだ時です。
それまで、身近な人間の死に接する事もなく、お葬式には出ても火葬場まで行った事はありませんでした。
初めて火葬場まで行き、焼かれた骨を見て、ショックのあまり倒れてしまいました。
人は、最後はこうやって骨だけになるんだと実感しました。
それ以来、何度か身近な親族の骨を拾いましたが、慣れてしまったというか、
だんだん私も最後は、こうして骨だけになって...と受け入れられるようになり、死が自然な姿として、とらえられるようになりました。

===補足===
「死」という概念を知ったのは、4才頃だと思います。
「死ぬってどういう事?」「死んだら人はどうなるの?」と親にしつこく聞いて、
しばらくはあれこれ自分で考えていたように思います。
もしかしたら、3才頃から知っていたのかもしれませんが、記憶がない...

  • 回答者:miumiu (質問から2時間後)
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数年前、元気で働き者だった父が突然会社で倒れて、救急車で運ばれて、そのまま病院で亡くなりました。夢を見ているような出来事でした。
人間って心臓が止まれば、死ぬんだなぁと実感しました。

毎日を楽しく充実させて大切に生きようということを父が身を持って教えてくれたように思います。

  • 回答者:生と死は隣り合わせ (質問から2時間後)
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子供の頃から持病で病院に通っていたので、
知らない間に知っていました。
呼吸が出来なくなったりすると、
私も近いうちに死ぬんだと思っていました。

  • 回答者:でもまだ生きてる (質問から56分後)
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まだ、知った気にはなってません。

祖父の老衰死、友人の自殺、自分自身の病気・・・・・
嫌なことですが、起こるたびに死への概念は変わっていきます。

生意気ですが、
他人にも、簡単に判った気になって欲しくないです。

===補足===
的外れでしたか・・・・・。

知識として判っていたのは、幼稚園児のころからかもしれないです。
自分で採った虫が死んだり、摘んだ草花が枯れたりするのと同様
人間も無茶なことがおきれば死んでしまうだろうと、漠然と思ってました・・・・・。

  • 回答者:・・・・・・ (質問から49分後)
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たぶん、小さいときに父方のおじいちゃんが亡くなって、
そのとき初めて死体というものを見たので、そのときだったと思います。

  • 回答者:匿名君 (質問から44分後)
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今体が調子悪いのです。癌です、そのうち死ぬと思います、
それにお金もありません。ですから・・・皆さん先に行って待ってます。

  • 回答者:教えて♪ (質問から33分後)
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おばあちゃんの死で知りました

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身近な人間が亡くなった時。
私の場合は若くして亡くなった父親でした。
母が父の病名を毎日お見舞いに行く私にも知らせなかったので
(父に悟られ無いため)
亡くなったときは前日までは元気に話をしていたので
ほんとうに人間なんて簡単に死んでしまうのだということを
悟りました。

  • 回答者:イルカ (質問から16分後)
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幼少期、飼っていたインコが目の前で死んだ時に、人も動物もいつか死ぬのだと知りました。

  • 回答者:匿名 (質問から15分後)
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ペットが死んだときに悟ったような気がします。

  • 回答者:匿名希望 (質問から4分後)
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小学生のとき、祖父が亡くなったときや
戦争の映画を観たときに知りましたね。

  • 回答者:匿名 (質問から3分後)
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