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質問

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坊主憎けりゃ袈裟まで憎い…?

こじれている兄との関係を修復するためその子供たちにメールしました。  


弟からの手紙を読みもせずに廃棄していたとしたらそれは弟に対する悪意の表れではないのかな。悪意もなく廃棄出来るものであろうか。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言う。お父さんの言動を見ているとお父さんの気持ちもわからなくもない。

お父さんにはもっと冷静になって考え直してもらいたいと思う。お前たちからも助言してもらえないか。


このメールに対して「坊主は誰で釈迦は誰の事を言ってるの? お父さんは気持ちを表現するのが上手ではないと思うんだ」と返信がありました。

何で「坊主は誰で釈迦は誰の事を言ってるの? 」となるのでしょうかね。

===補足===
補足日時:2010-05-25 20:35:19

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺を引用したのは、兄が私のことをどうしようもないぐらいに煙たがるあまりに、私が送った手紙もまともに読みもせず、それどころかほとんどの手紙を封も切っていなかったからです。

回答してくれたみんなへのお礼

5件の回答をいただきました。ありがとうございました。

「相手の間違いを指摘するか、その先にある目的を優先させるか」 というタイトルでなるほどと思えるブログの記事がありました。


記憶力の良い人、メモ魔の人であれば、「お正月に誰と誰でどこで集まって、何を食べているときに、貴方はこう言った、貴方はこんな服を着ていた、誰さんはこんな反応していた」と正確な情報を証言できますが、それで自分の正しさが伝わり気は晴れても相手の立場もプライドもガタガタ崩れ落ち。「そんな昔のことはどうでもいい!!」だとか言ってそっぽ向かれちゃうことも。
 
思い違い、勘違い、もの忘れ(特にお年を召した方)は誰にでもあることなので、相手のその非を指摘するのに一生懸命になりすぎて相手をいじめるよりも、その先にある目的を達成することに方向修正したほうがお互いにとっていいのじゃないかな。たとえどれだけ理論立てて攻撃する材料が十分あったとしても。
 
相手を自分の子供だと思って小さな重要ではないミスには、目をつぶり寛容になること。自分の子供だと思うことが大切だと私は思います。
 
「年寄りだから」「未熟だから」「賢くないから」などなど、自分の気をとりあえず落ち着かせる為の理由付けよりも優しさが感じられませんか?
 
また、自分の気がつかないところで「自分も相手にしょーがないな」と思われながら寛容に対応されているものです。
 
ものごとの重要度を冷静に考えると、おのずとやり過ごしてよいところと手を抜けないところの選別が出来るはずです。

 女医のポスドク研究留学計画 ( http://blogs.yahoo.co.jp/white92starlet

私もこの指摘を参考にしようと思います。

どうも話が良く飲み込めません。
送ったメールの内容が
”弟からの手紙を読みもせずに廃棄していた・・・・・・中略・・・・・・・お前たちからも助言してもらえないか。”
でよろしいんでしょうか。
この中で ”「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」”という諺ですが、この場合の「坊主」は兄上で、「袈裟」はそれを取り巻く家族のことですよね。ことわざ通りに解釈すると「袈裟」は甥(または姪)になるわけですね。とすれば、このメールにいささか反発したくなります。ことわざをよく理解していないこともあるかも知れませんが、送ったメールの内容にもちょっと引っかかるところがありますね。
こんなときは僅かな言葉の行き違いで悪い方へ進むのが常です。

実際に兄に対して妹と裁判沙汰にもなった経験を持っています。
長男が親の財産を引き継ぐのが当たり前という考えで父親が定年後に建てた家と土地など住んだこともない家を両親が亡くなったあと売却仕様としたことが偶然露見して裁判になり係争しました。両親が老後の面倒を見て貰うことになるからとすべてを兄名義にしたことが問題でしたが如何せん書類には勝てませんでしたが、不動産以外は私と妹で分けなさいとの判決でした。このような事案は周りでもよく話に聞きます。
のほほんとした長子のことを「総領の甚六」と言う言葉があります。「総領(長男)は財産があれば悠々自適にのんびり暮らせるから何も出来なくても暮らせる」からのんびり屋が多いと言うことです。我が身の汚点ですが以後兄とは絶縁しました。

===補足===
やっと全体の意味が理解できました。
兄上はかなり意固地になっているようですね。どなたかご親戚の叔父(伯父)上に間に入って貰うことは出来ませんか。
経験上このようなとき自分たちだけで元に戻すことは難しいと思います。私の場合は親戚の叔父(伯父)は鬼籍には入って頼れる人がいませんでしたので裁判という手段を取ることになりました。
関係修復に望みがあればいいのですが、状況から見て回復は困難な気がします。無責任なことを言って申し訳ありませんが気を悪くされませんように。
少しでも良い方向に進むことを祈るばかりです。

  • 回答者:匿名 (質問から2時間後)
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とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

兄の心情を「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺に例えたつもりでした。

つまり、兄にとって弟の私のやることなすことのすべてが気に入らない訳ですので、私が送った手紙を見たくもなく放置していたのは無理もないというわけです。

私はいささかもその引用は不適切ではないと思っているのですが、メールの記述には言葉足らずのところがあったかも知れません。

質問の文章にも説明不足なところがありました。申し訳ありません。

並び替え:

関係がこじれた相手からの何通もの手紙って、送られた側からすれば、
嫌がらせにしか感じられないんでしょう。
あなたは廃棄の悪意を感じていますが、お兄さんは送付の悪意を感じている。

諺は捉え方の行き違い。
質問者さんは、「自分のやることなすこといやなんだろう。」と言う意味で使われたのかもしれませんが、
受け取った側は、質問者さんがお兄さんに対して思っていることなのか?だった模様。

お兄さんのお子さん達には、関係を修復する気持ちが質問者さん側にあるという事だけにとどめて、
他の方も書かれていますが、まだまだ冷却期間が必要だと思います。
質問者さんがなんとうかしようとすればするほど、お兄さんに加えて、
そのお子さん達との関係も悪くなると、補足を読んで痛切に感じました。

===補足===
長文が嫌で拒否している方ですから、手紙はメールと同等の対応しかされないでしょう。
ゆえに、手紙では、なんら解決はされないということです。

お兄さんの対応は珍しいことではありません。
私(妹)の兄の場合、誰が聞いても、いや、実は本人もそれが正しいと思っても、
私の意見は受け入れません。目上意識が働くのでしょう。
身内であるが上、それぞれの物事に対する対応の相違の見過ごしもあるでしょう。
ですから、直接の話し合いなんて、火に油を注ぐだけ。
結局、兄ではなく、考え方の違う他人にどう対処するか、でした。
また、仲介者は、お兄さんより目上で人柄を認めている人でなければ、力足らずです。

正当性うんぬんは、関係をこじらすだけなので、質問者さんが大人の対応をして下さい。

  • 回答者:鷹揚 (質問から17時間後)
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参考になり、満足しました。回答ありがとうございました。
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兄が私の手紙の送付に悪意を感じているとは、なるほどなと思いました。そういう捉え方もあるとは思いもしませんでした。

私が手紙を送るようになったのはそれまではメールでやり取りしていたのですが、兄が私のメールが長文に及ぶためそれを嫌がり、メールのやり取りを拒否したからです。

私は問題の解決のためには話し合いが必要だとしてメールや手紙で意見を表明しているのですが、兄はそれに応えないのです。これではどうやって問題を解決出来るというのかと思います。

相手の言うことが耳に痛くてもそれを我慢して聞かないことには問題は解決しないのではないかと私は思うのですが、どうでしょうか。

兄とは面と向かって話しても電話で話しても感情的になって何を言っているのかわからなくなるのです。だからこそ冷静に意見を表明できるメールや手紙で訴えているのです。

兄はメールのみならず手紙さえも拒絶しているのですが、果たして兄のこの姿勢は正当化出来るものでしょうか。

回答ありがとうございました。

(補足) 確かに私の兄はプライドに異常なくらいこだわっています。私は兄の意見に耳を傾けているつもりなのですが兄は「目上の俺の意見を聞け」とよく言います。

大人の対応が必要かも知れませんね。
+

人間の心は動くものと信じています。

  • 回答者:匿名 (質問から6時間後)
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回答ありがとうございました。
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「心が動く」ということが抽象的でよくわかりません。理解力不足で申し訳なく思います。

質問の意味が良く分からないのですが

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言う。お父さんの言動を見ているとお父さんの気持ちもわからなくもない。
お父さんにはもっと冷静になって考え直してもらいたいと思う。お前たちからも助言してもらえないか。」

と言う文面が”貴方が””兄の息子”に対して送ったメールの文面なら、私も同じことを返信します 。
坊主は誰で、袈裟は誰なのか?と。

貴方が「袈裟」なら、本当に憎まれている「坊主」は誰なのか?
貴方が「坊主」で、貴方の手紙を「袈裟」と表現しているのなら、諺の使い方が間違っている。

===補足===
あの。。。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というのは、「Aさんが嫌いなのでその家族のBさんも見たくない」という意味でしょ。

お兄さんは貴方の他の兄弟の事が嫌いで、それに味方する貴方もとばっちりを受けて嫌われている。というなら、その例えは正しいでしょう。

あなた自身が嫌われているなら、その諺の使い方は間違ってると思います。
その結果、兄の息子さんが「なんだコイツ。わけわかんないメール送ってきて。」と思うのは無理からぬ事と思います。

  • 回答者:とくめい (質問から15分後)
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回答ありがとうございました。
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質問の意味がわかりづらいでしょうか。

兄とのトラブルを解決するため兄に事情を説明する手紙を何通も送ったのですが、兄は私の手紙を封も切らずに放置していました。

それは弟の顔も見たくないという兄の意思表明の一つかとも言えます。この顔も見たくないというのがまさに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということではないかと私は思うのです。

果たしてこの例えは不適切でしょうか。

坊主は誰で、袈裟は誰なのか?ということで言うと、「坊主」は私で「袈裟」は私が送った手紙ということになるかと思います。

ただ単に、言葉の意味を理解していないのだと思います。
「袈裟」を「釈迦」と勘違いするなんて…一般常識なので、私は(理解できない人がいるってことは)考えられないけれど、判らない人は判らないのでしょうね。

  • 回答者:牡丹 (質問から15分後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。
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本当になぜ「釈迦」が出てくるのでしょうかね。
なぜ、どこで「袈裟」を「釈迦」と勘違いするのかと思います。
その兄の子供はかなりの年代の社会人なのですが、その理解力や表現力には?を付けざるを得ません。
回答ありがとうございました。

その 子供たちが 幾つか知りませんが、古い諺を言っても 理解できないのでしょう!
もっと 判りやすく 言ってあげて下さい。

===補足===
とりあえず もう しばらく、兄さんとは冷却期間を置いた方が いいとおもいます
いくら 子供に とりなして貰おうと思っても、今は 誰の言葉にも 耳をかさないのではないでしょうか??

  • 回答者:匿  名 (質問から7分後)
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参考になり、満足しました。回答ありがとうございました。
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「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の意味を説明したうえで、何で釈迦が出てくるのか?と、聞いたところ、「意味は調べたんだけど、その例えを使うと釈迦は私達になるのかなぁ~って思うんだよね。 なんでその諺が出てきたの?」と聞き返してきました。

そこで「この諺を用いたのはお父さんの心情がまさにその諺通りではないかと思うからだ。
この説明でもわからないかな。わからないなら別の説明を考えるが・・・」と答えました。

この説明に対する返事はまだ来ていないのですが、私の説明はわかりづらいでしょうか。

回答ありがとうございました。

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