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「内山田博とクールファイブ」は「長崎は今日も雨だった」など数々の名曲を残しましたが、メインボーカルは前川清で、はっきり言って子供のころから前川さんのイメージが大きく、他はメガネをかけた人くらいしかイメージがなく、内山田さんはなんとなくのイメージしかありません。多分、トークなど前川さんが話すことが多かったのではないでしょうか。

平成18年に内山田さんがお亡くなりになったそうですが、しばらく休眠状態だったグループも彼の死をきっかけに「前川清とクールファイブ」として再結成したそうです。

「前川清とクールファイブ」ならみんなが前川さんを知っているのでわかりやすいですが、昔はあまり表に出ない内山田さんがグループ名となるようなケースは他にもあったような気がするのですが、なぜこのようなネーミングをするのでしょうか。

  • 質問者:soodaくん
  • 質問日時:2009-10-10 12:19:18
  • 0

内山田洋とクールファイブは、元々は長崎市内のキャバレーの専属バンドとして結成され、
1967年の結成当初は前川清はメンバーの中にはいませんでした。
1968年、佐世保のナイトクラブ歌手だった前川がメンバーに加わり、
1969年、「長崎は今日も雨だった」でレコードデビューするに至りました。

彼らの場合は、こういった経緯から
リーダーの内山田洋の名前を前面に出したグループ名なのでしょう。
ただ、リードボーカルが内山田洋であるかのような誤解を避けるため、
レコードジャケットには「唄:前川清」という記述があります。

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ご回答ありがとうございます。前川さんが後からグループに加わったのですね。レコードジャケットには「唄:前川清」と書いてあるのですね。

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グループを結成した人だから

  • 回答者: 匿名 (質問から6時間後)
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ご回答ありがとうございます。グループを結成した人ですか。

他の人は知名度がないので、前川さんの名前にしたと思います。

  • 回答者:匿名 (質問から2時間後)
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ご回答ありがとうございます。「前川清とクールファイブ」のことではなく、「内山田洋とクール・ファイブ」のケースをお伺いしています。まあ、ずっと見ていると内山田さんもわかりますが、一番表に出るのは歌もトークなどもやっぱり前川清で、でもグループ名には名前が出てこないので、逆にこのことがいつもひっかかるんです。まあ、昭和40年代くらいはこういうネーミングの仕方が多いですね。

鶴岡雅義と東京ロマンチカ
なんかも、そうですよね!
メインボーカルは、三條正人
やはり、リーダー+グループ名って感じが昔は普通だったのでしょう

===補足===
そうですね、ボーカルがメインではなく、演奏グループとして先にあって、それにボーカルが加わったって感じですね!
鶴岡雅義と東京ロマンチカ」は
「小樽の人よ」「君は心の妻だから」等が代表曲です
ハワイアンからの流れでのムード歌謡って言う形で流行った時期かな
少し調べると、他にも
秋庭豊とアローナイツ 『中の島ブルース』『ぬれて大阪』『献身』『さだめ』
黒沢明とロス・プリモス 『ラブユー東京』『たそがれの銀座』『札幌の星の下で』
沢ひろしとTOKYO99 『愛のふれあい』『愛のはじまり』『愛の行方』『さよならまた明日』『陶酔』『好きなの』『朝日のくちずけ』
中井昭・高橋勝とコロラティーノ 『思案橋ブルース』
原みつるとシャネル・ファイブ 『稚内ブルース』
と沢山ありますね

  • 回答者:芭蕉庵 (質問から38分後)
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ご回答ありがとうございます。すいません、「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」というのは存じませんが、リーダー+グループ名って感じが多いですね。「敏いとうとハッピー&ブルー」もメインボーカルは森本英世という人がメインボーカルだそうです。このころはこういうのが流行りだったのでしょうね。

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