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質問

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宗教をやっている方に伺います。
宗教の違いで何故、戦争をして人殺しをするんですか?
殺人を認めている宗教ってあるんですか?
どうしても分かりません?
教えてください。

  • 質問者:中学生男子
  • 質問日時:2008-11-10 19:10:14
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回答してくれたみんなへのお礼

ご意見ありがとうございました。
勉強になりました。

現在宗教戦争と思われるのはイスラムがらみですので、イスラムに限定していいます。
イスラムでは偶像崇拝を禁止しています。
それはきびしく守られて、バーミヤンの仏像破壊などありました。
よその神様まで壊さないと気がすまないわけです。
イスラムというのは宗教でもありますが、生活の規範でもあります。
日常生活に対して、こまかく、してはいけないことなんかが規定されています。、
断食する月があったり、生活の一部なんです。
大きなものに対抗するのに、神の名を借りれば、それだけ多くの勢力を味方にしやすいということもあり、イスラム聖戦をかたっているのでしょう。
イスラムの中でも平和主義派も、穏健派も、過激派もいろいろあります。
イスラムという大義名分を持ち出してしまったために、無関係なイスラムの人がひどいめにあっています。
宗教の違い、というよりは考え方の違い、というべきでしょう。
殺人を認めている宗教というよりは、殺人の結果として、神や信仰を持ち出してきたと言う方があってるような気がします。
宗教、とひとくくりに言ってますが、殺人を認めている宗教は、すでに宗教とはいえないと思います。

  • 回答者:匿名希望 (質問から5時間後)
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ありがとうございました。

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次のような宗教なら存在します。
入信するかしないかで人事や昇給を決める企業はつい最近まで実在しました。。

創価学会入らぬなら昇給差別~朝礼で聖教新聞読み合わせ~40人突然解雇の内装会社
平成19年8月23日 しんぶん赤旗

 「創価学会に入信しなければ昇給で差別」「サービス残業で聖教新聞をつかって『座談会』」。そんな経営をすすめた会社が、六月に不渡りを出し倒産しました。社員約四十人を何の前触れもなく解雇したこの会社は、現在、労働組合が求めている六月分の給与支払いなどを拒否し続けています。

 問題の会社は「太洋開発」(東京都中央区、足立一英社長)。オフィスや店舗の内装工事、施工管理などを行っていました。

 突然解雇された元社員らは労働組合を結成。六月分の給与、不払い残業代などの支払いを求めています。

 ところがこれまで五回の団体交渉で、社長らは「支払う気はない」などと不誠実な態度を繰り返しています。それどころか倒産に至った主な原因に「社員の勤怠が悪く―ことごとく工期遅れとなり―資金繰りを悪化させた」などをあげ、社員に責任を転嫁しています。

勤務時間に強要
 同社は、社長をはじめ、幹部が社員に創価学会への入信や公明党の支持を押しつけています。

 元社員らは「幹部が信心するのは勝手だが、勤務時間内に社員に強要するのはおかしい」と怒っています。

 元社員らによると、毎朝行われる従業員の朝礼は、聖教新聞の読みあわせからはじまります。

 月に一回の割合で、全員参加による「座談会」が開かれます。社長の音頭で、その日社にいる人間は「全員集合」がかけられ、「人間主義」などのテーマで、議論させられるといいます。

 四月末には公明党の参院候補だった山口那津男議員(東京選挙区選出)が座談会に訪れ、支持を訴えたといいます。これらがすべて残業代が支払われない「サービス残業」だったと組合は訴えています。

 新入社員研修は四回。しかしそこで行われるのは技術や経理の研修などではありません。社長自らが聖教新聞の切り抜きなどをテキストに「人間主義経済革命五大要素」「妙法の山分け」などという世界観を中心に講義。「資本主義に変わる新しい秩序」のために、「公明党支持の組織の構築」「創価学会支援組織の構築」が必要などとしています。

 入社二年目の柴崎弘さん=仮名=はいいます。「社長は、学会への入会や公明党の支持をしない者は仲間ではないと、半ば強制的です。ふつうは断れません」

 四回の講習を終えると、幹部が聖教新聞の定期購読の申込用紙を出して購読をせまり、経理担当者が毎月集金するといいます。

特異な給与体系
 同社では創価学会に入るかどうかで昇給にも露骨な差別があるといいます。

 技術者で入社した豊田哲さん=仮名=は今年三月、社長と社長の長男の取締役がいる席によばれ、昇給について告げられました。

 同社の給与は、「妙法による山分け」と称する特異な算法で決まるシステムですが、それによると豊田さんの給与は約四十四万二千円となるはずでした。しかし、その席で社長は、表を指さしながらはっきりこういったといいます。

 「本来はその金額になるはずだが、ランクは上げられない。キミは学会に入らないし、聖教新聞も購読しないからだ」

 そして示された金額は、約九万円も低い約三十五万八千円でした。

 豊田さんは憤ります。

 「私は学会に入らず差別されましたが、一方で入信して給料が上がった人もいます。思想・信条の自由を踏みにじって労働者を差別し、あげくには倒産で給料不払いなんて許せません」

憲法・労基法違反の疑い
 自由法曹団団長の松井繁明弁護士の話 元社員などの証言が事実であれば、憲法と労働基準法違反の疑いが非常に強い。

 賃金や残業代の支払いは経営者の義務。生産性を維持するのも経営者の責任であり、「労働者の生産性が低いから賃金を払わない」という抗弁は成り立たない。

 内装業は思想や信仰に関係の無い業種です。その従業員に特定の信仰を事実上強制することは、憲法一九条(思想良心の自由)、二〇条(信教の自由)に反する。また労基法三条は、労働者の信条を理由に賃金などについて差別的な取り扱いをすることを禁じており、これにも違反している。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-08-23/2007082315_01_0.html

  • 回答者:respondent (質問から2日後)
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ありがとうございました。

イスラム教は「一神教」です。
キリスト教と違って他宗教の神を認めていません。
ここに悲劇の源はあると考えます。
それにつながることは、たとえ殺人であっても罪ではありません。

わたしが見た写真展で、東ティモール独立戦争時に、
小学生くらいのイスラム教徒の男の子が、おじさんのキリスト教徒を鎌を持って追いかけて、
結果的に、おじさんの首を鎌で切り落とし、
その戦利品(切り落としたおじさんの首)を誇らしげにカメラに向けている写真がありました。


わたしも質問者さんの言われるように、純粋に
「宗教って人が幸せになるためのものじゃ?」と思うのですが、
現実は利害関係によってそうはいかないようです。

  • 回答者:無神論者 (質問から18時間後)
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ありがとうございました。

戦争はあくまで利害関係によって起こります。
宗教はあくまで当事者として巻き込まれてしまう住民に対してもっともらしい大義名分として使われるだけです。

  • 回答者:Sooda! くん (質問から8時間後)
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ありがとうございました。

実際に「宗教の違いだけで戦争」している場合は、無いと思いますよ。
本当の理由は、宗教にも絡んだ利害関係ですね。

イスラムのコーランには、日本語で「聖戦」と訳されるものがあり、イスラムが、他者より攻められた時に限り、その相手を殲滅する戦いが認められています。
ので、厳密な意味では、殺人を認めている宗教は、無いでしょう。

但し、この世の中、訳の分らない小さな宗教(或いは、紛い)が、ひしめき合ってますので、ひょっとしたらあるかも知れません。
が、一般に知られたものでは無いでしょうし、知る術もありません。

また、根本的に、「宗教」という定義そのものが、非常にあやふやです。
よく勘違いされるのが、「宗教法人」と「宗教」ですね。
「宗教法人」として認められてても、「宗教」とは限らない偽物もあれば、その逆もあります。

信心、信仰するかどうかにかかわらず、「宗教」そのもについて考えることは、いいことでもあり、必要なことでもありますので、すぐに結論を出さずに、何年でも、納得の行くまで、考えて下さい。

それを待てない神や仏は、偽物です。

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ご意見ありがとうございました。

今のイランでの自爆テロがそうです、同じイスラム教徒なのに宗派が違うだけで簡単にテロを起しますが犠牲者の中に同じ宗派の人が居る事も考えて下さい。有史以来生還を考えない戦法を組織的に考えた日本ですが、其の時の相手はアメリカ軍が目標で民間人を目標にしていません。宗教を心の支えにするのは良いですが宗教に身を委ねるのは危険です、指導者の言葉で簡単に戦争が起こります。

  • 回答者:お助けマン (質問から4時間後)
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ご意見ありがとうございました。

信仰は劇薬であるということでしょう。
日本でも領主に対し一向一揆など信仰のための戦いましたし、宗門が違うために打ち壊しや僧兵同士の武力衝突もありました。
宗教勢力が武器を持たなくなったのは信長の僧兵駆逐の焼き討ちなどによって寺社勢力への刀狩が行われたからです。
「異教=邪教」であり、キリスト教やイスラム教でも異教徒=悪魔として改宗か征伐の対象となっているのです。
信仰は生活の基盤であるのが蓮華座仏教(小乗仏教とも呼ばれてましたが)やキリスト教、イスラム教圏では普通であり、日本のように生まれると神社にお宮参りして、キリスト教の教会で婚礼し、お寺で最後を迎えるような生活習慣の人種の方が世界的には理解されないでしょう。
宗教の違い=人として認めていない部分があるので「殺人」には当たらないといった感情がいまだにあるのでしょう。
狂信的信者ほどその傾向が強く「神を冒涜する者には罰を与えなければならない」といった感情も強いということです。
人種差別と同じくらい宗教差別もまた強く存在してるのが世界の現状です。
日本の尺度でだけ宗教を考えるのが間違いですね。日本の宗教観が極めて特殊なんですから 

  • 回答者:ULTRA7 (質問から3時間後)
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ありがとうございました。
大変参考になりました。

宗教はそもそも排他的なものです。日本だって大和時代には在来の神道と外来の仏教徒で戦争をていたのですから。
自分の信じる神以外を崇めるものは排除しなければならない。その時々の権力者が自分の権勢の拡大のために民衆を利用してきたのです。

  • 回答者:知識人 (質問から2時間後)
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ありがとうございました。

宗教というのは、結局、信じるか信じないかということです。
何を信じるのかというと、その宗教をです。
自分なりの考えでもなく、社会常識でもなく、科学的な証明でもなく、家族の意見でもなくです。
信じている宗教がテロリズムを求めれば、それに逆らうことは、その宗教に逆らうことになります。熱心な信者には大変なことです。
信じるということは、自分なりの判断よりも、宗教の教えの方が正しいということでもあります。
他人から見れば、単に愚かであるとしか見えない行動でも、その人が単純に愚か者であるとは限らないのです。
まずそういう視点がないと、中々理解し辛いと思います。

  • 回答者:respondent (質問から2時間後)
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ありがとうございました。
よく分かりません。

殺人を禁じている宗教でも、信者が殺人に走る場合もあります。
たとえばイエス・キリストは「汝の敵を愛せよ」と唱えたのに
時代が下って信者は十字軍を編成し、異教徒を討伐に出向きました。
それが神の御心に叶うと信じて。

要は人間側の問題だと思います。
殺人という大きな罪を犯すに当たって、どういう動機付けだとその枷がなくなるのか。
宗教はその正当化に使われやすいのだと思います。

  • 回答者:匿名希望 (質問から2時間後)
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ありがとうございました。
そうかもしれませんね。

簡単に言えば

信じている宗教以外は

邪宗(神様ではない)となります

神様ではないとすれば何でしょうか?

一般に悪魔ですよねぇ

それを信仰する人達は?

悪魔の手先ですよね、人間ではないのですよ

ですので彼ら達は、人間を殺しているのではく

悪魔の手先を退治しているのですよ

ですので殺人を犯している自覚がないのです。

  • 回答者:匿名希望 (質問から2時間後)
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ありがとうございました。
そう言う考えもあるんですね。
悲しいですね。

以前は宗教に入っていましたが、今は無心論者なのでコメントしていいものか迷ったのですが、参考になればと思いコメントさせて頂きます。

日本希代のテロリスト. 麻原 彰晃(松本智津夫)を主とする〔オーム真理教〕を崇めていた信者に関してですが、この方の教えが正しいと信じた信者は、その他の宗教を認めない・・・という感じではないでしょうか?
その為に自分達の宗派に合わない宗派を認められないという観点から撲滅(殺し合い)が発生するのではないでしょうか・・・。

  • 回答者:平凡人 (質問から34分後)
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ありがとうございました。
慈悲の心がない宗教って何なんでしょうか?

宗教の違いだけで戦争して相手を殺すという例は歴史上あまりありません。殺人を認めている宗教があるとすれば、サリン事件起こした例のカルトみたいな物ぐらいです。一般の宗教は殺人を悪いこととしています。
では何故現実に宗教の違いで戦争や殺し合いが起きるのか?
宗教の違いが政治的経済的な「支配する者、される者」とセットになっているからです。
中世までのヨーロッパで長年ユダヤ人が差別されたのは、「お金を貸して利息をもらう」という今では当たり前の行為をキリスト教では禁じていたからです。金貸しという商売がなくては困りますが、キリスト教徒は不潔な行為として軽蔑すべき行為ですからユダヤ人にやらせていた。そこでシェークスピアの「ベニスの商人」に出てくるシャイロックのように、ユダヤ人=悪いやつという偏見が出来上がります。
この場合経済的にはユダヤ人=搾取する支配者です。そこで政治的、社会的に多数派であるキリスト教徒がユダヤ人を差別、弾圧するという構図になってしまいました。
それが行き着くところまで行ったのがナチスの大虐殺ですね。

現在イラクで、同じイスラム教徒でもスンニー派とシーア派が殺し合っているように報道されていますが、あの国は長年、人口では少数派であるスンニー派が政治権力を独占して経済的にも多数派であるシーア派を差別、搾取してきたという歴史的経緯があります。その長年の不満が今爆発してしまっているわけです。

表面上宗教が違うから殺し合っているように見えても、その裏にはそういう政治的、経済的な差別の歴史が深く絡んでいるケースがほとんどです。
宗教と権力の結びつきが比較的弱かった日本では、これだけいろんな宗教、宗派があるのに、宗教の違いただそれだけで戦争、殺し合いはほとんど歴史的に無かったと言っていいでしょう。
宗教の違いの裏にある、そういう支配・被支配関係を考えないと、ただそれだけで殺し合っているように見えてしまいます。

  • 回答者:joker (質問から23分後)
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ご意見ありがとうございました。
日本の宗教の違いと違うのですね。
政治が絡んでいるんですね。

宗教がからんだ戦争は殺人じゃないという理由だと思います。
一神教の宗教はいうまでもなく神は一人です。他に神はいないのですから他の一神教の宗教は邪教でその神を名のる者=悪魔という図式になります。
「悪魔は神の名のもとに完全に抹殺せよ!」ということで、一神教の信者さんは他の一神教の信者さんを悪魔の手先と思い悪魔の手先は人間ではないので、あっけなく相手を抹殺するのが神の意志であると誤解している方もいらっしゃいます。
つまり殺人を認めいる宗教はありませんが、悪魔とその手先の抹殺を認めているという事だろうと思います。

  • 回答者:kudou (質問から15分後)
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ご意見ありがとうございました。
なるほど、そうですか。。

あまり大きい声では言えませんが、、
じっさい、○価学会とか怪しいですよね。
金が絡むものは絶対危険ですよね。
かげで何してるか分かりませんし、
北とつながっているような気もしますし。。

  • 回答者:Sooda! くん (質問から6分後)
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ご意見ありがとうございました。

今 無理矢理に創価学会に入れられていますが
妙に他宗教を否定しています。
自分が一番正しいと説かれれば説かれるほど
創価学会に対する不信感が募ります。
殺人を認めている宗教ではないですが
人を否定することばかりで似たり寄ったりでうんざりしています。
自分が絶対に正しいと思うからこそ
他人を殺してまでも認めさせたいのでしょうね。
宗教は最低ですね。

  • 回答者:Sooda! くん (質問から4分後)
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ご意見ありがとうございました。
どの宗教もお互いを認め合えばいいと思うのですが、
思想の自由はどこへ行ってしまったのでしょうか。

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