教師・生徒・保護者が体罰によるトラブルを起こさないよう国が作った教育法なのでしょうね。(いつごろ作られたのでしょう?かなり昔からそんざいするのでしたら驚きです)
ですが、教育の現場で果たしてこれが通用するのか?こうした体罰禁止という保護の下に学校という集団生活の場で子供を指導していけるのか?疑問が残ります。
子供は本能・感覚で生きている原始的な人間です。思考も単純で、個々によって理解力にも差があります。善悪を言葉で諭して全ての子供が理解出来るかといえば、それには限界があります。1度注意すれば分かる子もいれば、何度言葉を変えて優しく教えたとしても理解出来ない子供というのは確かに存在します。そういった子供に対して悪いことは悪いと教えるためには体の痛みでもって教えるしか方法がないかもしれない、と思うんです。赤ちゃんにお尻ぺんぺんでダメなことを教えるのと一緒です。
それでも「教育者なんだから、愛をもって、根気よく言い聞かせるべきだ」と皆は言います。もちろんその通りです。教師だってだれもがそうした理想を抱いていると思います。
ですが、時間が限られている・受け持っている子供が数十人もいる教師にそれをやれというのには無理がある場合があります。
先にも書いたように、子供は感覚的である上に、集団心理で悪いことを増長させる傾向も持ち合わせています。
迅速に学校内のトラブルを解決し、他の子供達に迷惑がかからないように、時間がかかる言葉ではなく、体の痛みで叱責するという手っ取り早い方法で事態を収拾させる手段は、集団社会である学校には必要なのではないか?と思っています。
そもそも、体罰が問題視されるようになりましたが、いまだに「教師が体罰に至った経緯」について誰も注意を向けないことに疑問を覚えます。
いかに最近の子供の質(=親のしつけがなっていない)が低下しているか、それによって学校・学級が崩壊しているか(授業中に好き勝手をして授業が成り立たない、体罰が問題であることをいいことに「今のは体罰だ!」と教師を攻撃する、言うことをきかない など)。
理由なく叩く教師などまずいません。全生徒を叩く教師もいません。その子に特定の問題があるから叩くのです。ルールを守っていれば叩かれることなどありません。その点を明らかにし、問題を起こした子供に対して親も含めて反省・改善を促し、また、暴力を振るった教師も子供に対して「悪かった」と、双方が反省し、これからは気をつけようね、とより良い方向へ共に歩まないと全く意味がないように思うのです。
とはいえ、加減を知らない・感情的に子供を叩く教師には体罰は用いて欲しくないとは思いますが・・・
===補足===
コメントに対し、ちょっと反論があるので補足します。
親に改善を促し、親が責任を持って子供をしつけるべきだ。それはとっても正しいと思います。
ですが、現代においてそれ自体が成り立たなくなっているのです。全ての親がそういった責任感・理解力を持っているのなら、学級崩壊・学校崩壊にまで至るほどに子供が暴走するはずがなく、親の子供に対する教育観念事態が崩壊している面もあるのです。親まで思考がおかしいとなったら教師としてはお手上げです。親に学校に来て24時間子供を監視しててください、という方法を提案されていましたが、教師自身だって本音を言えばそうしたいと思います。その方が楽ですもんね。ですが、そうはしない。何故でしょう?それは、教師の責任を放棄することになるからだと思います。
学校に限らず、その場所その場所には入っていい人と入ってはいけない人がいます。
病院を例に挙げると、医者や看護士は入れるけれど、患者・その家族が立ち入れない場所があります。1つは手術室です。医者が信用出来ないから家族を手術に立ち合わせろと言ったとします。ですが、それを許可する病院はあるでしょうか。ありません。なぜなら、関係のない者がその場にいると、秩序が乱れ、上手くいくことも上手くいかなくなる危険をはらんでいるからです。
学校も同じことが言えます。年に数回の行事で親が学校に出入りし、子供の様子を見ること以外は無断で立ち入ることが出来ません。何故なら、学校は学問を学ぶ・集団生活のルールを学ぶ場所なので、教師と生徒以外の者の存在は必要ないからです。
学問・集団生活のルールをうちの子供に教えてやってください、と、入学式で学校の門をくぐり、子供を教師に託したのなら、学校で学び指導を受けたことに対して、本来ならば親も子も全て受け入れなければいけないと思います。
ところが、最近は正論をぶつけても理解しない子供と親が増え、子供かわいさで不条理な批判を教師にぶつける親が増えています。
そんなおかしい親子がいたとしても、やはり教師が学級・学校の秩序を守らなければいけない。そうなった時、やはり言葉で善悪が通じない者には最終手段として教師がお尻ペンペンで体で覚えさせるしかないと思います。もちろん、子供達のしつけの責任は1番に親にあることは忘れてはなりません。ですが、学校で起こり教師が指導をしたことに対して、子供が大怪我をしたといったことがない限りは、もうちょっと教師を信頼しお任せするべきじゃないかな、と思うのです。でも、教師は神様じゃありませんから、時々間違いを起こすことだってあります。教師の指導に対してそれはおかしいんじゃないか?と思うことは実際によくあると思います。でもその時は、互いに納得いくまで話し合えばいいことです。親も教師も感情的になってはいけないし、どうしたら子供が良い方向へいくか、互いに考え歩み寄ろうと努力することも大事だと思います。
- 回答者:Sooda! くん (質問から1日後)
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