西三河は人口流入が多地域だと思います。昔の慣習などはかなり薄れてきているでしょう。尾張・三河といえば3英傑を産出していて、そういった気質が少し残っているかも知れません。それと、大いなる田舎といわれ首都や関西に負けたくないといった気持ちは少なからず心の底にあるかも知れません。こういったある種のコンプレックスはあるかも知れませんが派手や見栄っ張りはどこでもあります。ことさら愛知県人が全てそうとは言えません。昔から住んでいる人は信心深いところはあります。昨年四国88所を遍路してそれを強く感じたのはそれぞれのお寺のいろんな過去の記録の中に愛知県に関するものや愛知県からのお遍路さんがとても多かったので何故?と思いましたが、信心から来るものかなと理解しました。
自身は尾張で生まれ育ち、成人してからはほとんど関西での転勤が多く近江を終の棲家として落ち着いたけど愛知県にたいする思いは忘れません。