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肉がどうやってできるのか、もっと具体的に教育すべきだと思いませんか?

動物好きを自認している人間です。
成人してから、家畜がどういった一生をおくるのかを具体的に知って、大きなショックをうけました。
知っていたつもりでしたが、映像を見て、かなりショックをうけました。その後、関係する本を読み漁りました。

Youtubeにある"Slaughter House"(と蓄場)の映像や、ドキュメンタリー映画"命の食べかた"、書籍「世界屠蓄紀行」、「私の牛がハンバーガーになるまで」などです。

このような事実を知って、肉を食べるか食べないかは個人の自由です。しかし、知らないままで肉を食べつづけることは、どこかおかしいと思えてなりません。
「ブタがいた教室」のように、家畜動物を学校で飼って、責任をもってと蓄まで見届ける/実際に屠ることや、家畜動物の一生を実写した映像を見せることは必要だし、動物に対する責任であるように思います。食べ物を無駄にしないという言葉の意味がもっと現実味を帯びたものになるはずです。

こういった教育が必要であるか否か、何歳以上から適するかについてお答えいただけないでしょうか。

===補足===
ある小学校で、小学5年生を対象に、と蓄場で、ウシを失神させ、放血させるシーンを見せる授業があるという記事を発見したので、以下に添付しておきます。こういうやり方での教育も十分可能なんだという確信を強めたのですが、みなさんはどう思われますか。

http://mainichi.jp/life/food/archive/news/2009/04/20090406ddm013100014000c.html

なお、学校で育てた鶏を自ら屠る教育については、賛否両論みたいです。
http://www.tbs.co.jp/ac/bt/20011114c.html

  • 質問者:文鳥
  • 質問日時:2009-05-06 11:17:16
  • 7

知る必要があります。
・どんな餌、どんな場所で、どんな風に育てられているか見ない振りをして買う事は動物虐待、環境破壊、貧困国・貧困民への負担を助長し、加担していることになる。
・実際、と畜は残酷なものでもある。嫌がる家畜を無理に追い込み、安楽死と言いつつも中には意識のあるまま死んでいく。苦痛の叫びは聞くに堪えない。
・社会を変えることは難しいが、自分が変わることはすぐにも出来る。
・ステーキ1枚見ただけで命が大切だなんて思わない。肉が生きていた命であったことを知らないと命をいただくという実感が湧かない。
・赤ちゃんの頃から見せたり教えたりした方がいい。それが生きるために必要なことと自然に身に付く気がする。小学校になればかわいそうという感情が先に来る。

===補足===
・と蓄場→と畜場

「肉はどこから」の記事について
・屠場、屠畜→今は漢字の「屠」を使わず、ひらがなを使います。
・と畜場に「暗い」「残酷」というイメージが付くのは無知だから。よって偏見と誤解が生まれる。知った上で「暗い」「残酷」と思うことは仕方がない。
・「今は殺していることを否定してはいけないと思う。すべての人間は他の生き物の命をもらってしか生きられないんだから」・・・開き直りではなく、感謝の気持ちを忘れないようにすべき。
・BSEの全頭検査について、「牛肉の安全性」に関しては意味がないことを申し添えます。
・小学生だからこそ、純粋に現実を直視できるのかなあという印象です。大人も見習いたいものだ。先にも回答しましたが、教えることが早ければ早いほど、現実を知ることで自主的な考えを持ち、自主的な行動が取れるのではないでしょうか。

ニワトリをと殺する教育について
・愛護動物と畜産動物とは異なる。それが前提にあって、その上で(感謝して)肉を食べることに賛成か、それとも畜産動物といえども動物だから反対かはそれは個々の判断になると思う。
・親や大人にまず教育をすべきだと感じました。

  • 回答者:放血 (質問から4時間後)
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回答ありがとうございます。
動物の飼育状況も含めて知るべきというのは、本当に同意します。身動きのできない小屋で一生を過ごさせるよりも、せめて少しでも幸せを感じられるような環境で飼育すべきだろうと思います。その意味で「ブタがいた教室」は家畜をペット扱いしたといって批判されていますが、名前のない多くの家畜よりもずっと幸せだったと思います。

さて、本題ですが、赤ちゃんの頃とは、かなり早い時期からですね。ご意見、参考にさせていただきます。

(追記します)
「と蓄→と畜」の誤記を正してくださり、ありがとうございました。お恥ずかしい。

補足にもご回答くださって、本当にありがとうございました。

やはり、客観的で正確な情報を、早い段階で得ることがとても重要だと思いました。
そのためには、多くの大人も、何らかの形で情報を得て、主体的に考えることが重要でしょうね。

並び替え:

あんまり小さいうちだと血や死骸を見て恐怖心だけを残してしまう可能性が考えられるので、年齢的には小学生からが妥当かなと思います。

学校や家庭だけでの教育は限度があると思います。
公の機関も協力する形で食育関連のイベントをするのが良い気がします。
そういう機会に親子で参加するというのがより良いと思います。

  • 回答者:匿名希望 (質問から5日後)
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回答ありがとうございました。

大人のわたしが見ても、ちょっとした恐怖でした。過度に偏向的な教育とならないよう配慮が必要そうですね。

もちろん必要な教育です。そして何歳からでも受けるべきです。(まぁお話ができる3歳くらいかな??)
肉に限らず魚釣りをしていただくとき、大根を収穫した時などに命について考えさせていますよ。道端のアリが虫の死骸を運んでいるときにも食物連鎖を教えています。(現在幼稚園生です)

文鳥さんが見られた内容の画像はリアルすぎて小学生くらいでないと恐怖をあたえるだけなので「いただきます」ということは「命をいただきます」ということだと教えています。テレビゲームで死ということが簡単に考えられている今、日常で勉強させています。

  • 回答者:匿名希望 (質問から1日後)
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回答ありがとうございます。
実際に教えておられるんですね。とても参考になりました。

小さいうちから命あるものをいただくというのを教えた方がいいでしょうが、いまどきの親は教えられない・・・学校の先生だって・・・どうだか・・

ブタのいた教室のように身近に触れられたらいいのだろうが
ただこのご時世、どの家畜がいいのか・・・ブタインフルエンザ・鳥インフルエンザ・狂牛病・・・

とりあえず、義務教育である小・中学校の間は食育して欲しいですね。
野菜・魚貝・鶏・ブタ・牛・羊・・・年齢に応じてでいいんじゃないかな。
ということで、小1から。

  • 回答者:仕事人 (質問から24時間後)
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回答ありがとうございました。

小さいうちから命あるものをいただくというのを教えた方がいいでしょうが、いまどきの親は教えられない・・・学校の先生だって・・・どうだか・・

ブタのいた教室のように身近に触れられたらいいのだろうが
ただこのご時世、どの家畜がいいのか・・・ブタインフルエンザ・鳥インフルエンザ・狂牛病・・・

とりあえず、義務教育である小・中学校の間は食育して欲しいですね。
野菜・魚貝・鶏・ブタ・牛・羊・・・年齢に応じてでいいんじゃないかな。
ということで、小1から。

  • 回答者:仕事人 (質問から24時間後)
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回答ありがとうございます。
たしかに、学校で育てて屠るというのは安全面、教育者の適格性などから、現実には義務化できそうにないですね。
真剣に考えてくださり、ありがとうございました。

映像や教科書なんかより、身近な体験させるのが一番。
しじみやアサリでお味噌汁を作るとき、お子さんに手伝わせてあげてください。

スーパーで買ってきて、パックからボールに移し、
「あ、動いてるね。ほら見て、何か出てきたよ。触角かな?目かな?プクプクーって泡が出たよ。息をしてるのかなぁ」と、生きていることを実感させ、
塩抜きも、調理を手伝ってもらう。

食卓に出すってこういうことなんだ・・・・と、わかるはずです。

何歳かどうかよりも、【子供の反応】を基準にするほうがいいと思います。
「ステーキとかもそうなの?」と聞いてきたら、そういう映像を見せてあげてもいいと思います。
逆に「もうシジミの味噌汁はいらない!かわいそう!」と言って残すようなら高校生でも写貴人でも、まだ見せないほうがいいと思います。
こういう場合は、
シジミだけじゃないよ。野菜だってそう。鳥さんも牛さんもおコメだって命があるの。あなたが好きなハンバーガーもそうよ・・・と、きちんと話をすると「じゃあハンバーガーはどうやって作ってるんだろう」って疑問を持つと思います。

そこまで関心を持たせてから映像を見せるほうがいいと思います。

===補足===
○社会人 ×写貴人 間違えました。すみません^^;

  • 回答者:お気楽ママ (質問から8時間後)
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回答ありがとうございます。

わたしもあさりがニュッと口を出してぶくぶく呼吸しているところや、祖母がアナゴの目にキリをつきたてて捌いているところを見て、「うわー」と思った記憶があります。

でも、それと動物のと蓄シーンとは明らかに衝撃度が異なりました。
そして今まで動物を殺したことなんてない、人並みには動物に思いやりのある人間なんだと思っていた自分ががらがらと崩れました。無知の知というやつでしょうか。
だから、やっぱり魚や貝にとどまらず、現実あるいはバーチャルで動物を屠ることが大事だと思うんです。

「かわいそう」という気持ちは否定されるべきではありません。でも、「可哀想だから、食べない」といって実際に動物を食べるのを拒否している人間にそのシーンを見せる必要は全くないですが、「可哀想だけど、食べる」という人は、動物を殺し続けているわけで、少なくとも成人であれば、現実を直視するのが自己の行動についての責任ある態度だと思われます。

小学校高学年から中学生くらいの社会科教育にあってもよいと思います。
実は、私がそのシーンに遭遇したのも、その頃でした。
親戚が農家でしたので、目の前で鳥の首を斧ではねて首から下が暴れた状態で
じょじょに絶命していき、その後熱湯につけて毛をむしるのです、その後さばいた
ときに内臓から出来かけの卵を見ると、子供心に残酷さを感じ、しばらく鳥肉が
嫌いになりました。今でも鳥肉が苦手ですが、生きるために食べています。
よく考えると、牛も豚も羊もクジラなども、誰かの手で絶命させられて、食肉に加工
されるわけですから、臭いものにフタ的な発想はよくありません。
もっと現実を教えるべきですし、食肉加工業者のみなさんに感謝すべきですね!
これを必要ないとおっしゃる人は、肉を食べる資格はないとおもうくらいです。
あなたの勇気ある質問に感動して、拍手を入れておきました!

  • 回答者:よく質問してくれました! (質問から4時間後)
  • 2
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たいへん高く評価していただき、恐縮の限りです。
とてもリアルな体験を披露していただき、感謝します。
「臭いものにフタ」という表現、その通りだと思います。
矢ガモや、遭難した犬にたくさんの役人が駆り出され、保護・捕獲して「たった一匹の命を救っているシーン」を放映する陰で、毎日毎日食べきれないほど動物が殺されていること、犬猫が殺処分されていることに憤りを感じます。・・・なんて、脱線してしまいましたが。

「肉を食べる資格」、まさに同意です。残酷すぎると思うなら、食べなければいいし、現実を知って食べたいなら食べてよい、わたしはそういう考えです。

特別に動物好きではありませんが、猫を飼っています。飼っている以上命を全うして欲しいと思っているので、2匹共15年以上生きてます。
猫は家畜ではありませんが、これが鴨や鶏で、捌ける人がいたら食べたかも知れません。実際、オットは子供の頃屋台で買ったカラーひよこを大人になったから(肉屋さんに捌いてもらって)食べたと言ってました。
我が家は、肉や魚、野菜に拘らず残さないで全部食べさせるので、敢えてその映像を観たいとは思いません。年齢を重ねたらTVの手術シーンも苦手になった事もあります。中高校生時代なら興味本位もあってチャンスがあれば見たかも知れませんが、全員に義務化する必要は無く、基本はイラストや白黒写真で充分で希望者や専門の選択教科のみ視聴で充分な気がします。
イラストなら小学校の食物連鎖を学ぶ学年から始めていき、段階を経て教えていけばいいと思います。
ただ、教え方を間違うとクレイジーな動物愛護ビジネス(日本の捕鯨船に反対する抗議団体なのに実は鯨には一切興味無い)に利用される危険もあります。
他には、家畜やペットは、食べる以外にも、毛皮を取る(生きてるまま皮を剥がします)、愛玩用(展示販売の売れ残り動物の処分)などその産業のあり方全てを知り検証する必要も同時に感じます。

余談ですが、
「鉄○ダッシュ」の田んぼは合鴨農法で、名前をつけて可愛く働く姿ばかり映していますが、実際は、定期的に世代交代させて肉が硬くならないうちに売って農家の生計を支えるのが一般的です。放送時間帯的な自主規制かも知れませんが、その事実もいつか放送して欲しいと思っています。
「北の国から」の倉持氏主催の劇団では、入団年に鶏を絞める体験を必修とさせるのだそうです。当然、全員いい大人ですがショックは大きいです。でも、そうやって頭じゃなく体験することで命を実感していくのでしょう。

  • 回答者:食べきる事が責任なの (質問から3時間後)
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真摯かつ主体的に答えてくださりありがとうございました。

たしかに、そのシーンは「見たい」と思わせるようなものではないし、できたら「見たくない」というのが本当のところです。(わたしはテレビの手術シーンですらチャンネルを変えるほどの怖がりです。)
でも、問題は見たいか見たくないかではなく、見ないでおいて殺してもらっているままでよいのか、という点です。

恥ずかしい話ですが、わたしは映像を見るまで、誰かが殺してくれていること、それは自分がお金を払って殺してもらっているということに無自覚・無関心でした。
だからこそ、動物をかわいいと思う自分と、肉を食べ続ける自分にあまり矛盾を感じずに生きてきました。が、映像を見て考えが変わりました。
映像にこだわるのは、「さっきまで生きていた動物がもう動かない。あるいは痙攣している」というシーンを見て大きなショックを受けたからです。

映像でなくても、写真でそれに近い事実が教えられるならば、そういった方法でもよいと思います。ご回答者はそういった教育なしでも動物の処遇に意識的であり、たいへんすばらしいと思います。

主題とは外れますが、本来は穀物を食べる生き物ではないウシに穀物を食べさせることによる弊害(メタンガスの大量発生、穀物という食料競合による飢餓の起因、土地に還元できないほど多量の糞による河川・土壌汚染)を調べると、これほど大量に肉を生産する必要があるのか、疑問を感じるようになりました。

学校で、食物連鎖を学んだ頃で良いかと。

===補足===
確か中学生の頃だったと思います。(今年の学習指導要領は中学3年らしいですが)

ただ子供は知識は身に着けても、物事の分別がつかないので、無用な情報は「分別がつく年齢まで後回し」で良いです。

外科医を目指すのであれば、早いうちから慣らしておくのもアリですが。

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できれば、どの学年であったか教えていただければ助かります。

(補足)
補足をいただきありがとうございます。
初めてこのサイトを利用したため、「回答の満足度」を変更できないのが歯がゆいです。初心者のミスゆえ、ご容赦いただければ幸いです。

さて、補足についてですが、それは無用な情報でしょうか?間接的に殺してもらっているわけですから、どうやって殺しているかは、殺している相手に責任を持つための必要な情報と思います。言葉尻をつかまえて、すみません。
下の回答をみると、小学校低学年に屠蓄シーンを目撃されて、育っておられる方もいるわけで、案外低年齢でも問題ないのでは、と思うようになりました。

必要は無いと思います。

人間は全てにおいて理由や意味を求めますが、人間も動物も世界も本当は自然に流れているだけです。
(つまり、全てにおいて意味なんて無い訳です)

あえて言うなら、自分が家畜の身になった場合
自分が解体されていく様子を、見学されると思うと少し不快かも。

===補足===
目をそらすとかではなく、ただ流されて今日があるわけです。
波を1から見るのが無意味なように、ひとつの流れを1から見続ける事にあまり意味が無いと言ってるんです。

食べ物を食べるという行為は、どんなに綺麗事を言っても強者が弱者を捕食する行為です。
食べながら、「私たち(人間)は貴方たち(家畜)の命を真剣に受け止めてますよ」と表現したところで、食べられる側の立場は変わりません。

申し訳ないと思うなら「食べない」しかない。
食べる限りは、自分の立場に喜ぶしかないと思います。

  • 回答者: (質問から3時間後)
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意味なんてないとおっしゃいますが、あなたが肉を買い続けるかぎり、誰かが家畜を生産し、と蓄しているのは事実でしょう。
そこから、目をそらし、「流れているだけ」というのはいかがなものでしょうか。

(追記します)
補足をいただき、ありがとうございます。
ぜひ、一度考えてみてください。
現在の安い肉の値段を支えるために、家畜の機械的扱い(日を浴びさせず、身動きのほとんどできない所での飼育)や、と蓄場の人の負担大、本来ウシは穀食でなく草食であるのに、穀物を食べさせたことによるメタンガスの大量発生、糞による環境汚染…といったしわ寄せが来ています。そして、それを改善しようとする動きが徐々に、起きはじめています。単にと蓄のシーンだけでなく、家畜が何を食べ、どういう生活をし、どういう方法で屠るかという事実を知り、改善点がないか吟味することは、有意義だと思うのです。個人が家畜を飼い、自分で屠る時代ならともかく、過度に合理化された社会では、いろいろな不自然な事態が生じているように思います。
事実を知ったうえで、現状で構わないというなら、よいですが、知らないままでよいとは、やはり言えないと思います。

「自分たちのクチに入る食べ物が何処からきているのか」と言う教育は必要だと思います
いきなり、映像でみせるのは残酷です。
大人の私が見ても、目を覆いたくなります
自分の意思で、肉を食べる、または、食べるのを止めると判断できる年齢になってからが妥当ではないでしょうか

それを、幼少期に見せてしまうには抵抗がありますので
絵本や絵などで説明をするなら小学校の低学年から始めても良いと思います
映像を見せるなら中学生くらいでしょうか
しかし、教育は必要ですが、映像を見せる事が必要なのかは疑問です。

  • 回答者:とくめいきぼう (質問から2時間後)
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何故、疑問があるのでしょうか?
あなたが肉を食べている限り、誰かがあなたのために動物を育て、殺しています。
その事実を直視する必要がないとは、それを「残酷」だと思うのならなおさら、言えないと思うのですが。

他の方も書かれていますが、肉に限らず、食べると言う行為は他者の命をいただくことですので、
食べ物を粗末にしないということは、幼児から、どうやって食物にされているかは小学校中学年位からが、良いと考えます。
飽食のの日本、生きるためより、楽しむための食事。
身近に見聞きできない状況であれば、教育は必要です。

  • 回答者:40代、絞めた鳥はご馳走だった (質問から2時間後)
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回答ありがとうございます。テレビなどではやってくれないので、是非とも教育が改革されることを望みます。
もちろん、自ら疑問を持ち、調べるということも重要だとは思いますが。

「世界屠畜紀行」、私も読みました。「僕は猟師になった」などもおすすめですよ。

さて、おっしゃる教育は、もちろん必要だと考えます。
また、時期は早いほうがいいでしょうね。物心ついてから、小学校低学年くらいですかね。

  • 回答者:猪鹿蝶 (質問から43分後)
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回答ありがとうございます。
「僕は猟師になった」、本屋で立ち読みしました。きちんとは読めていないので、今度地元の図書館で借りてみることにします。おすすめありがとうございました。

小学校低学年からという方は結構おられるようですね。参考になりました。

必要ないですね。
私はそんな映像見たことありませんが、食べ物を大切にしています。
映像を見せなきゃ教えられないってことはないでしょ。

野菜にだって命はあるし、本だって機械だって無機物にだって世の中のすべてのものに命があるんです。だから大切にしなければならないんです。

  • 回答者:自来也 (質問から42分後)
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知らないよりも、知ったほうがいいと思います。
わたしはベジタリアンの友人から何度となく家畜の一生について説明をされましたが、「そんなこと、言われなくてもわかってるし、食べ物を残さなければ無駄にはしてないじゃん」と思っていました。でも、映像を見て180度考えが変わりました。
お金を払って間接的に実行させ、現場を直視せずに自分が回避してきた事実、それって案外衝撃的です。知った後は、知らなくていいとは、とても言えないとおもいます。

それに、すべてのものを大切にするといっても、ぜんぶ平等に大切にはできませんよね?相手の性質を知ったうえでしか本当の意味で「大切にする」ことはできないと思います。

そう思いますね。たくさんの命を食らって人間は生きているということを教えるべきです。
切り身だけ見ていては教育にはなりません。
中学か、高校くらいがいいと思います。
大人になってからでもいいですが、知らないのはよくないと思います。

  • 回答者:生きる (質問から40分後)
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回答ありがとうございます。
植物や魚についてはわりと情報が公開されているように思いますが、肉・卵・牛乳については情報がオブラートに包まれていて、調べてみてショックをうける事実も多かったです。
でも、知ってよかったと思っています。

娘(4歳)を連れてよく釣りに行きます。
大きいのが釣れたらその場でシメちゃいますので、それを見て「お魚さんがかわいそう」と言う時もありますよ。
そのときはきちんと説明します。

でも、その時よりも、その魚に箸をつけて途中で残す時には、かなり叱りますよ。
海で自由に泳いでいたのを捕まえてきたのに捨てるということは許しません。
「お魚さんのために全部食べて、自分の体の一部にしなきゃダメだ」とね。

命の尊さを学ばせる、といった高尚な目的はありませんが、自然というものを学んで欲しいと思ってます。

===補足===
目の前でピチピチ跳ねてる魚を掴んで頭を殴り、頭骨の付け根(またはエラブタ)をナイフで切って血をドバッと出し、バケツに逆さまに入れておくので、残酷物語としては似たようなものかと。(活け〆は死んでる魚をさばくのではありません)

確かに牛や豚は”ふれあう”機会も多いので、食材とリンクさせるのは幼児のうちは時期尚早かと思います。でも魚を殺して食べてることを見ていれば、いずれは豚や牛も殺して食べてることに気が付くはずです。勿論植物もね。

理想は屠畜を自然なことと感じるまではそのものズバリな映像を見せたいとは思いません。映像を見せること自体は意味の無い事とも思います。ニオイも触感もない映像で、どれだけ実感が伴うか私には判断付きません。
さすがに豚などはやったことがないですがニワトリは私自身やったことがあり、それまで飼っていた事を考えると殴りつける時複雑な心境になります。

まあ、屠殺映像なんて、いずれどこかのTV番組でチラ見することになるでしょうし^^;
あえて見せる必要もないかと・・・

最後に。無菌培養な子育ては、私自身は反対ですが、それをやりたいという家庭を否定する気はありません。それなんで「あえて知る必要がない」という回答も正しいと思います。

  • 回答者:とくめい (質問から33分後)
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回答ありがとうございます。
魚をさばくシーンはテレビでもよく放映されますし、情報がほとんど開示されていると思うのですが、肉については情報があまり開示されていないので、教育すべきだと思うのですが、どうでしょうか?
殺しておいて食べ残す、捨てるのはよくないですよね。生きていたものを、殺して食べさせるという教育はとても重要だと思います。

(補足)
補足までいただき、ありがとうございます。
鶏を屠ったことがおありなんですね。実体験からの回答、とても参考になりました。

実際に育てて、屠る教育の方がただ映像を見せるよりベターだとは思いますが、映像だけでも十分に教育効果があると思います。「いのちの食べかた」は日常的な屠蓄を記録した映画であり、このような映画が最適だと思います。過度に残酷でなく、しかし、事実そのものだからです。

また、無菌培養は、それが本人を含めて誰にとっても害でなければ支持できると思いますが、肉食を続ける限り動物を殺しているわけで、いつまでもその事実を知らない、見ないでは無責任ではと思います。少なくとも、成人後は見るべきだし、見たうえで動物に責任を持ってほしいと思います。

命の尊さとか食の大切さという観点からこういった教育が必要と思いますが
あまり低学年から見せると衝撃で肉を食べられなく成ると思うので
みせるとしたら中学生に入ってからが適当と思います。

  • 回答者: (質問から26分後)
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ご回答ありがとうございます。
「衝撃で肉を食べられなくなる」のもアリだと個人的には思います。
「ひどい、でも、食べたい」という気持ちになるなら食べてもいいし、食べたくないならそのままで問題ないと思います。
精神的にどれほど成熟していれば、このような選択をする理性がはたらくのかという問題は別にあると思いますが。

田舎住まいなので娘の小学校だけかも知れませんが、小4か5である程度教えてます。
牧場にも行き、牛も見せます。流石に殺すところは見せないようですが、説明はするそうです。

子供達はその日は「お肉が食べられない」となるようですが、あれは「肉」ではなく「命」であることをある程度は理解できた様子です。

我々人間も動物にすぎず、他の動物あるいは植物と言った、他の生物の命を摂取してでしか生きることはできません。

この事実を教えるのは小学校高学年からが良いと思います。

===補足===
うーん、と殺シーンですか、中学生からでどうでしょうか。
最近の子供はませてますが、やはりグロテスクな場面には覚悟がいると思うので・・・

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回答ありがとうございます。
そういう教育をされている学校もあるんですね。参考になります。
と蓄のシーンも映像で見せるなら、何歳くらいからがいいと思われますか?
映画「命の食べかた」は、過度に残虐ではなく、日常的なと蓄が映されていますので、もし未見でしたら、一見をお勧めいたします。

自分の経験では小学3年くらいがいいんじゃないでしょうか。当時は自分の家で鶏を絞めることは普通だったし母が捌くのもジッと見てました。鶏から始めて豚、牛まで教えるべきでしょう。グルメ番組で若い娘が肉の由来も知らずに「美味しそう」などと言っているのを見るといらつくんですよ!

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回答ありがとうございます。
小学3年生でも十分に理解できるのですね。ご経験からの情報、とても参考になりました。
わたしは調理された肉を「まずーい」と言って、捨てる某番組に本当に憤りを感じたことがあります。肉の由来をきちんと知っていれば、そのような対応はできないんじゃないかと思います。

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